2.嘘と真実

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2.嘘と真実

 万年雪に閉ざされた山間(やまあい)の村、カイナ村。一年を通じ、この村で皆が心待ちにしている日がある。トニア山への入山が許されるその日だ。年に一回、たった一日だけ立ち入ることが許されるトニア山。そこは神の住まう山と呼ばれ、雪に閉ざされたこの地域にあってなぜかその山の一角だけが常に緑で覆われている。これは村人たちだけが知る秘密であり彼らだけが知る〝閉ざされた道〟を知らなければ辿り着けない隠された場所だ。この日村人たちは総出で山に入り、獣を狩り果実を採取する。山には不思議な木々や獣で溢れ、人々は毎年驚愕と愉悦に包まれ山を下りるのだ。その代わりこの入山日以外、山に立ち入ることは厳に禁じられている。もし立ち入れば神の怒りに触れ恐ろしい災厄が訪れると信じられていた。  だがある年、この禁が破られた。トニア山にだけ自生するはずのカシュの実。この種が村外れに落ちているのを村の巫女であるサザミ婆が見つけたのだ。山の動物が村に下りて来ることはない。と、いうことは誰かが山に入り果実を持ち帰ったということになる。このカシュの実は大変貴重な実でトニア山でも僅かにしか取れない。そして別名〝美しさの実〟とも呼ばれ、その種を食べると美の神に祝福されると言われ女たちに大層人気があった。 「誰じゃ! 禁を破りし者は!」  もう何歳になるのかわからない程に年老い、まるで干物のような巫女はその見た目に似合わぬ大きな声で喚き立てる。 「そいつは確かなのかい、サザミの婆さんよ。この村で山の禁忌を知らねぇヤツはいねぇ。それを破ってまで山に入るかねぇ」  村で狩りを取り仕切っているドルハが耳をほじりながら疑わし気な視線を老婆に向けた。 「何と! つい昨日まで寝小便垂れてたヤツが偉そうな口を利くもんだねっ!」  ねじ曲がった杖を振り立てサザミ婆はドルハを睨み付ける。 「ほれ、こりゃカシュの実の種だろうが。お前さん、これが見えないのかいっ」  サザミ婆がドルハに向かって種を放って寄越すと、彼は受け取った小さな種をためつすがめつ眺めた。 「ふん、まぁ確かにこりゃカシュの実の種だぁな。しかし昨年採ってきたやつってこたぁないのかい?」  まだドルハは半信半疑のようだ。それも無理はない。村の掟を破ったりしたらどうなるか、皆わかっているはずなのだから。 「あの……」  そんな中、ひとりの少女がおそるおそる手を挙げた。
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