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ディルクは村長のひとり息子。父親である村長は無論息子の言い分を信じた。
「そうか、わかった。そりゃそうだ。お前がわざわざよそ者の娘なんかと会うはずもない」
ダニラたち家族は十年程前この村に移り住んだ。子供だったダニラに当時の記憶はあまりないが、確か父が怪我で仕事を失いこの村に住む伯母を頼ってやってきたのだ。でもその伯母はもう亡くなっており、この村でダニラたちと親しくしている村人はいない。村人たちにとって彼らはよそ者であり厄介者でしかなかった。ところで、と村長は話を続ける。
「ルナリよ、お前は確かに山で黒髪の女を見たんじゃな?」
慌ててルナリが「はい、見ました」と頷く。
「ふむ。村に黒髪の娘はダニラしかおらん。掟を破ったのはダニラに違いない。そして村の掟を破ったということは……わかっておるな?」
村人たちがしんと静まり返る。ダニラとその家族だけが落ち着かない様子で眉を顰めていた。
「う、うちの娘がそんなことするわけがねぇ。何かの間違いだ」
ダニラの父がそう訴えるが誰も聞く耳を持たない。丁度厄介払いができていい、そんな表情だ。サザミ婆がダニラたちに杖を突きつける。
「一度の過ちならば村から追い出すだけで済ませるものを、何度も山に立ち入ったとなるとそうはいかん。神の怒りを鎮めるため、罪人の首を切り落とし山に捧げることにする」
ひぃっとダニラの母が息を呑んだ。この時、何人かの村人は疑問に思ったはずだ。もし何度も禁を犯し山に入っていたとしたらなぜ今まで何の災厄も起こらなかったのか、と。だが疑問を口にする者などなかった。下手なことを言って厄介事に巻き込まれるのは皆御免なのだ。
「じゃがひとつ問題があってな。ダニラよ、お前は今いくつじゃ」
「じ、十五歳」
震える声で答えるダニラを見て村人たちは「ああ、それじゃダメだ」と首を横に振る。
「そういうことじゃ。十五歳までは子供のうち。その血を流すことは禁じられている。ならば父親がその身代わりになるしかあるまいて」
サザミはダニラの父を見てニタリと嗤う。その恐ろし気な表情にダニラの父は咄嗟に逃げ出そうとした。
「こりゃ、皆の衆はよう取り押さえぬか!」
大勢の村人に囲まれ、ダニラの父はあっけなく捕まってしまった。その様子を見たダニラは必死に訴える。
「私、私ほんとうに山になんか入っていない! 聞いて、みんな」
だが誰も彼女の話など聞いてはいなかった。そうして父は殺されダニラは母と二人、ほとんど着の身着のままの状態で村を追い出されてしまったのだという。
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