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ソウタは計ったように週の半分、三日か四日を自分の家に泊っていくので、文字通りの半同棲だな、とリカは思う。
彼が泊った日の朝はいつもより早起きして朝食を作り、彼が会社に向かうのを送り出した。
一方、リカの方はアルバイトの身なので、それから少し時間が余る。正社員として働く彼のことを思うと少し罪悪感があるが、ソウタの方から今のままでいい、と言われているからそうしている。会社員として一度つまづいてしまった過去を彼には話していた。
リカは喫茶店で働いている。二人はそこで店員と客として知り合った。
客として来るソウタの顔を覚え始めたころ、リカは街で偶然彼と出くわし、その時に食事に誘われた。リカは戸惑いつつも彼に付いて行くことにした。
「結婚を前提に付き合ってほしい」
その日の別れ際、彼はいきなりそう言ってきた。リカ自身も密かにソウタの事が気になっていたので、彼女は思い切って首を縦に振った。その時のソウタの笑顔を見た時に、この選択は間違いなかったと彼女は思った。
二人の関係は良好だ。だが、交際期間はもうすぐ二年になろうとしていた。まだ彼からは結婚という言葉が出る雰囲気はない。リカは複雑な心境だった。
リカは同棲には反対だ。その気持ちを見透かすかのように、ソウタはリカの家に来る日を意図的に調節しているように見えた。
そんな彼の打算的で几帳面なところが好きになれない。でも、その人のすべてを好きなんて人はいないだろうと思う事にして、リカは渋々自分を納得させるのだった。
最近リカはソウタに対して気になることがあった。
それは彼が自分の家に泊る時、部屋で自分のスマホを使った後、電源を切らずにその場を離れることが増えたのだ。時にはそのまま近所のコンビニまで買い物に行ってしまう時もあり、その間テーブルの上に置かれたスマホはずっと画面が光ったままだ。それは時間が経っても電源が落ちないように設定されていた。
その間はリカは彼のスマホの中を覗き見することが出来た。でもそれは彼女の良心が許さなかったし、なにより怖かった。どんなに深い仲でもすべてを知ろうとしてはいけない、リカはそう思う。だが、彼は意図的にそうしている様な気がしてならなかった。
リカは部屋の中で一人、ソウタの光るスマホとにらめっこをする。そして、早く帰って来てよ、と心の中で静かに訴えた。
ある日の夜、リカの部屋へ来たソウタは、例によってスマホの画面を消さずにその場を離れた。
「すぐに返って来るから」
そう言い残して、彼はリカの部屋を出て行った。
これは何か意味があるんだ、リカは決意した。
アプリが並んだ画面をのぞき込んでから、リカは震える手で彼のスマホを手に取った。それは初めてのことで、自分のより少し軽いんだな、まずリカはそう思った。
ドキドキしながら画面を注視する。そして息をふーっと吐いた。多分写真だろうなと思い、写真のアイコンをタップする。
画面が変わると、リカはその中に「彼女」という素っ気ない名前がついた一つのフォルダを見つけた。これだな。リカはもう一度大きく息を吐いた。
中を見ると、タイトル通りリカを写した写真が画面を埋めた。撮られた場面を覚えているものあるし、いつの間に撮ったのか、というものも入っている。たくさんの写真を眺めながらリカはしばしその時を振り返って当時の思い出にふけった。写真は数十枚入っていた。
一通り見終わって特に変わった写真もないので、リカはホッとすると同時に少し拍子抜けの勘があった。自分に見てほしいのはこれだったのか?と思いながら、さらに彼のスマホを探索する勇気もないので、何気なしにその写真を繰り返し見ていた。
「あれ?」
リカはあることに気付いた。それは写真が全て付き合い始めてから一年ぐらいまでのものであること。そして写真に写る彼女の髪形についてだった。
「これ、全部同じ髪型だ…」
写真のリカはすべてポニーテールにしている。それも結び目を頭の下部ではなく、上の方にしているものだ。
リカは思い出した。ソウタが一度だけ真顔でこの髪型が好きだ、と言ってくれたことを。そして、この髪型にするといつも彼は少しだけ嬉しそうにしてくれることを。
リカは久しくこの髪型にはしなくなっていた。髪に結び目の跡が残ってしまうこと。後ろ髪が突っ張る感覚があまり好きではなかったこと。
付き合う期間が長くなることで気が抜けた訳では無かった。彼のために綺麗でいたいといつも思っていたつもりだ。でも…。
リカはソウタのスマホを再びテーブルに置いて、化粧品の入る引き出しからヘアゴムを取り出した。頭の上部できゅっと髪を結ぶと、後ろ髪が引っ張られるのと同時に、急に彼が愛おしくなった。光る彼のスマホの横でちょこんと正座をして彼を待った。
少ししてソウタが帰って来ると、彼はすぐにリカの髪形に気付いた。嬉しそうにリカに正対して座ると、
「結婚しようか」
はっきりとそう言った。
リカがうなずくと、結んだ髪が左右にぶるんと揺れた。
「どうしても、その髪型の時に言いたくて」
「なにそれ」
そう言ってリカは流れる涙を指でぐっとぬぐった。待っていたのは自分だけではなかった。
完
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