第一章 二話 The Meaning To Exist.

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 「桃風通り」 デカデカと書かれたネオンライトで飾られたその文字に、頭の芯から槌で殴られているかのような痛みを感じる。彼にとってこの通りに思い出は殆どないが、嫌いな場所で働いている事自体に嫌気が差す。  門の前で立っていると、後ろから、おい、と彼を呼ぶ声がした。 彼が振り返ると、見るからに裏社会で生きていそうな真っ黒なスーツにサングラス、という格好の大きな男が立っていた。その男は、それがお前の正装か、と言うふうに笑いながら近寄ってくる。 「えらいイケた格好してまんなあアンちゃん!そんな露骨に刀なんて持って、サツに見つかんなよ!」 彼は大きな声で話していたが、それは彼にとって迷惑だった。それでも彼が文句を言えないのは、男が今回のだからだ。 「さん!そんなに大きな声で話さないでください!バレたらどうするんですか!」 彼は、小さく、しかし威圧感のある声で答えた。 「まあええやろ!それ脱いでみろや!」 と言って彼のマスクを剥がそうとした。 彼は、本当にやめてくださいよ、と言って手を振りほどいた。 源田は、それに対して、スマンスマン、と相変わらず大きな声で言ったが、唐突に驚きの声を上げると、性に狂った男女たちの中から一人の何かに怯えたような表情をしている細い男を指さした。 「あいつや。あいつが俺らの組からの借金返さんカスや。あいつには家族もおったんやけどな、俺らが取り立てた時に遊び半分で脅してやったんや。『家族も拉致ってまうぞ』ってな。そしたらなんて言ったと思う?あいつ、それで自分が助かるなら言うて差し出してきたんや。」 男の説明は先程とは違って真剣で淡々としており、それでいて分かりやすく、たった一言ですべてを察するような内容だった。男は続けた。 「俺らはヤクザやし、世間一般常識から見たらほとんどの奴が外道としてみよる。俺らはそれには慣れとる。だからな、せめてそういう目線で見てこなかった女くらいは命かけて守ってやりたいと思うもんや。俺はあいつを許せん。そして上からはいつまで手こずっとるって圧力かかってる。もうやることは一つやろ?」 そう言って男が彼の方を向いたとき、そこには誰もおらず少し気流が舞っているだけだった。それに揺られて一枚の小さな紙がひらひらと男の手元に舞い降りた。 そこには、たった三単語の言葉が、記されていた。 『I KILL YOU』 男は笑った。薄気味悪い顔だった。 男は人混みから、消えていた。
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