5人が本棚に入れています
本棚に追加
/30ページ
「先生!僕と付き合ってください!」
そんな言葉を何度聞いただろうか。彼女のホコリまみれの部屋から聞こえてくるゴキブリが動く時の音くらいだろうか。それとも上司のセクハラ中に聞こえてくるあの小動物の交尾中のような息遣いの音だろうか。まあどれにせよ、それらに並ぶほどの煩わしい音であることに変わりはない。
彼女は「生徒と教員という立場の違い」を理由に逃げ切ろうとした。しかしその生徒は泣き出してしまい、黙って後ろを向いて帰ってしまったから、少し申し訳ない気持ちになってしまった。近頃は何度も何度もアタックしてきたり、一度断っても粘ってくるケースが多かったから、かなりきつく対応してしまった。
「何か、ごめんね〜」
彼女は独り言のように呟いてから、次の時間に授業のある教室へ足を進めようとしたその時、後ろから軽い声で彼女を呼ぶ声が聞こえた。彼女は後ろを振り返り、真希であることに気がついた。
「おっす杏奈ちゃん!元気してた?」
そう言った真希からは、口周りから、鼻から、目元から、血が流れていた。
「アンタ、また喧嘩してたの?どうせ例の河川敷でしょう?」
真希は子供のようにはにかんで、そそ、といった後に、
「丁度いい『座布団』が見つかったんだよね。」
と言った。
そんな真希に一つ大きなため息を付いてから、あのさあ、と続けた。
「進級どうこうよりも、アンタの健康に気を使うわ。ホントに誰かにボコされて死んじゃったらどうするワケ?」
と言うと、真希は笑って、悪い悪い、と言って自教室に向かって歩き始めた。
真希が一歩目を踏み出したとき、チャイムが鳴った。
「杏奈ちゃん!会議はまた後で!」
と言って走り出す。杏奈もそれを追いかけた。
昼休み。この時間は午前業務を終えた教師たちによって(生徒たちによっても)至福の時間である。しかし、杏奈には、本業の業務があるので、この時間は過ごせそうにない。
職員室を出て数分歩いたところの学校の離れにある倉庫の中で、それは行われる。その倉庫は白く塗られたシャッターで閉ざされており、それも酷く錆びついているため、より入りにくさも感じられる。
杏奈は一つ息をついてそれの前にしゃがみ込み、そっと手をかけた。その時に彼女の手に伝わった金属の冷ややかさが、まるでこの倉庫には誰も入れさせない、とシャッターが門番になってでもいるのでは、と思わせた。
彼女が思い切り力を振り絞って門番を引っ張り上げた。しばらくして、ようやく中が見え始めたかという頃、突然そのまま自動ドアかのように一番上まで上がっていった。その先に居たのは、真希だった。彼女は杏奈を見るなり、大声で笑いながら、杏奈ちゃん体力なさすぎでしょ、と言ったが、杏奈は、肩でしか息ができぬまま、真希の頭を一発軽く叩いて中に入り、目の前にある会議用の椅子に座り込んだ。
最初のコメントを投稿しよう!