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使用人の流儀2
そこまでこじれているとは露知らず、マクレガーは、調理場のオーブンから、ローストビーフを取り出すと、トレーに載せて、リジーの待つ控え室へ向かった。
「ほらよ」
マクレガーによって、ドンと、テーブルに置かれた肉の塊に、リジーは歓声を上げた。
「マクレガーさん、いいんですか!」
「ああ、パーティーは、お開き、ビートンが、切れ端でいいから、パンに挟めと、サンドウィッチを作った。と、いうことは、もう、皆で、食べるためにあると、いうことさ」
「あー、と、それは、サンドウィッチを?」
リジーが、目を細め、何か考えている。
「今、表には、どなたが来ている?リジー?」
「えっと、レジーナ様のお兄様。ミドルトン卿」
「で、ビートンは、ミドルトン卿へ、サンドウィッチをお出しした。ここまでは、いいな?」
念を押すマクレガーへ、リジーは、頷いた。
「つまり、御客様に、メインディッシュをお出ししたんだよ。と、なると?この肉の塊は?」
「余り物?」
ご名答、と、言いながら、マクレガーは、ローストビーフへ、ナイフを突き刺した。
と、同時に、リジーが、驚きの声を上げる。
「マクレガーさん!何!それ!」
マクレガーは、ローストビーフを、ざっくりと切った。
あるべき姿、薄切りの肉ではなく、靴底かと思うほどの、厚切り肉が、取り分け皿に乗せられ、リジーの前に置かれた。
「マッシュポテトは、直接どうぞ。おっと、ヨークシャープディングもあったなぁ」
「あのっ、マクレガーさん!フィッシュ&チップス!」
「お前、食い意地張ってるなぁ」
「だって!今日は、心付けもらえたのよ!ジョンだって!だから、食費に使えるでしょ?」
リジーの弾けた声は、ドアの外へ漏れた。そして、いつもと異なるレジーナの耳に入ってしまう。
ドアを勢い良く開けるレジーナの後ろで、ジョンが、渋い顔をしつつ、マクレガーへ、お手上げと言いたげな視線を送った。
マクレガーも、乱入に近いレジーナの登場に、ナイフを持ったまま立ちすくんでいる。
話は、聞かれた。
レジーナの顔にもそう書いている。そして、どうゆうことなのかと、追及の言葉が続くはず。
マクレガーの読みは、当然当たり、レジーナの怒りは、ここでも爆発した。
「なんなの!その、ローストビーフ!いえ、そこじゃないわ、それは、良いのよ、そうじゃなくって!リジー!あなた、何て言ったの?!」
いきなり、レジーナに、噛みつかれ、リジーは、えっ、と、言ったきり、言葉に詰まってしまった。
「なんでも、いいから、答えなさい!」
レジーナの怒りは、収まるところを知らない。
「レジーナお嬢様、いや、レジーナ夫人、仕事は一段落したんだろう?どうだい?あんたも」
マクレガーが、言いながら、レジーナの為に、厚切りのローストビーフを用意した。
「さあ、座りな。久々の肉だ!何時ものように、くず野菜のスープじゃねえぞ」
「おっと、そうだ!マクレガーさん、今日は、大収穫!」
ジョンが、歩み出て、上着のポケットの中身を取り出し、テーブルに置いた。
「あっ、あたしも」
戸惑っていたリジーも、ジョンにつられて、エプロンのポケットの中身をテーブルに置いた。
「へえ、こりゃーすげーな。くず野菜のスープに、マッシュポテトを添えるとするか」
「いや、マクレガーさん、結局、野菜だけじゃねぇか!」
ジョンの抗いに、リジーも頷く。
「しかしだな、この屋敷は、赤字なんだよ、俺達の食事まで、用意できないほどのな。だから、皆で決めただろ?貰った心付けは、食費の一部にするって」
そうゆうことなんですよ、と、マクレガーに振られ、レジーナは、ますます、わからなくなった。
屋敷が、苦しいのは、明白なのだが、それでも、皆、賃金を貰っている。それを、何故か、屋敷の為に使っている、そして、個々の心付けまで、集めているとは……。
「屋敷が、立ち行かなくなったら、レジーナ夫人と、違って、俺たちは、行き場がないですよ」
マクレガーが、言った。
「……で、でも、賃金は、毎月払って、いえ、貰ってるのだから……」
言いかけて、レジーナは、息を飲む。
そうだ。
毎月、払っているのは、兄であり、それも、ここが、なんとか、上手く運営できていると、信じているからだ。
もしも、本当の事がわかってしまえば、兄からの送金は、止まってしまい、屋敷の管理も、業者に直接頼む事だろう。もちろん、使用人は、解雇……も、ありえる。
「そう、俺たちには、次が、ないんでさぁ。次の職に就くには、雇い主の紹介状がなけりゃー、話にならねぇ。で、誰が、シーズンに、借り手のない屋敷の主の、紹介状なんぞ、まともに取扱いますかね、しかも、上位の貴族でもない、田舎の男爵家だ。そんな紹介状、この、ロンドンで、通用するもんかねぇ」
マクレガーは、さあ、食べなさい、と、レジーナへ、ローストビーフを勧めた。
「あー、マクレガーさん、俺のは!」
ジョンが、慌てる。
肉の取り合い状態の騒ぎに、レジーナは、言葉がなかった。
マクレガーの言う通りだ。ここは、ロンドン。職探しも、一苦労。それだけに、紹介状の力が必要になる。しかし、言われた様に、レジーナの家柄では、この街では通用しない。
だから……彼らは、職が無くならない様に、身銭を切っていたのだ。
なんとも、おかしな話だが、でも、そうでもしなければ、次の仕事どころか、住みかも、無くなってしまう。
レジーナは、返す言葉無く、立ちすくんだ。
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