別れの予感

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別れの予感

──彼らは、悪くない。彼らの生活を守るために、知恵を絞っただけなのだ。 それは、わかっていた。しかし、レジーナにとっては、屈辱的としか言いようがなかった。 なぜ、貴族主人が、使用人に助けられなければならないのだろう。 レジーナの前には、階級という二文字が、壁を作っていた。 使っている者に、使われていた。そして、その醜態が、兄にも、ディブにも、知られてしまった。 だから、女に、任すべきではなかったのだと、今頃、自分達のことは棚上げし、レジーナを揶揄していることだろう。  そして、兄は、こんなことだろうと妹を、ロンドンから連れ戻す為に、やって来た。と、自慢げに声を上げているはずだ。 ディブが、それが、宜しいと思います。レジーナ、いえ、女に物事の管理は、無理ですよ。お陰で、私も、損失ばかり、しまいには、こんな馬鹿げた事までやらねばならない事になり……などと、開き直っているのだ。 所詮、男にしかわからない。などと、二人して、ため息などつき、コリンズへ、無茶な事をさせたとか、兄は、謝罪しつつ、これからの管理を一任してしまうことだろう。 「……馬鹿げているわ!そもそも、私が、ロンドンへ、行きたいと言った訳じゃない!そして、この屋敷だって、始めから、赤字続き、元々、借り手なしの、寂れた屋敷を私に押し付けて!馬鹿らしい話よ!こちらから、手を引かせてもらいますっ!!」 癇癪を起こすレジーナを、皆は、黙って見た。 返す言葉がない、のもあるが、レジーナの立場、自分達、使用人の前では、主人として振る舞わなければならず、実のところは、本宅、ミドルトン卿に支配され、どうしようもない婚約者まで、押し付けらても、言い返す事すらできず……、という、不遇に耐え続けている姿を見ているからだ。 更に、その顔には、別れの言葉が、現れていた。それも、望んだことではなく、どうせ兄に、連れ戻されるのだからと、先を読んで。 自分の意思など、これっぽっちもなく、ミドルトン卿の言いなりで、下手すれば、使用人以下の扱いかもしれなかった。 使用人ならば、次の事など、どうにでも、と、最後は、腹を括って飛び出すことも出来る。それが、使用人に残された唯一の自由、なのだが、レジーナの住む階級では、それすら、許されない。 女に生まれたのが、不運だったのか、貴族という階級に産まれたのが、不運なのか。 しかし、上手くいけば、皆にかしずかれて、贅沢な暮らしを送れるが、そんなもの。貴族も、庶民も、形が異なるだけで、実のところは、一緒なのだ。 すべては、上手く行くか、失敗して、どん底に落ち込むか。それにつきた。 屋敷の使用人達は、これ以上、落ちたくなかった。無事に、日々を過ごせれれば、それで良かった。 そこへ、レジーナが、やって来る。 女主人といっても、家督を継いだ貴族ではない。いわば、お飾りの位置にいる主だった。 実質的には、本宅から送金されているのに、それをもってして、自らが、やりくりしていると、女主人は、勘違いしているだろう。これは、とうとう、どん底への道がやって来たかと、皆は、苦渋の決断から、いや、皆も、レジーナを甘く見て、欺いたのだった。 しかし……。 控えの間にいる者達は、どこか、後ろめたさに押し潰されている。 レジーナは、よくやっていた。 本宅からの送金を当てにすることなく、出来る範囲で、どうにかしようと、自身も節約に心がけ、ビートンへ借り主を見つけるようにと、コリンズは、当てにならない、ディブは、信用ならないと発破をかけていた。 まるで、ビートンに頼ることで、縛られた立場から、飛び立つかのように。 「レジーナ様、新しいお茶です」 ビートンが、ワゴンを押して、控え室へ戻って来た。そして、レジーナの為に、紅茶を入れていた。 「……ビートン、お兄様まで、よく、呼んだものね」 棘のある言葉を、レジーナは、相変わらず、執事へ投げ掛ける。 「ええ、わかっていたわ。そろそろ、潮時。この、屋敷も、限界が来ていた。私の生活費、まあ、それが、余分な出費だったのよ。そのを、管理費へ回せることもできたでしょう。そうすれば、こんな事までしなくてよかったのよね」 レジーナは、悪の根元は、自分だと、罪を被るつもりの素振りを見せて、 「皆、世話に、なったわね。私は、本宅へ、兄と戻ります」 そうなのでしょ?と、ビートンへ、確認した。 「左様で。ミドルトン卿は、不機嫌なまま、ホテルに部屋を取っていると、そちらへ向かわれました」 「最後まで、屋敷には、無関心というわけね。まあ、お兄様が、どう、受け止めようと、真実を見せられた事は、良かったと思うわ」 レジーナの一言に、ビートンのブルーの瞳は、瞬間、揺れたが、スッと息を吸うと、 「明日の朝、お迎えに上がるそうです」 と、静かに言うと、リジーを見た。 「レジーナお嬢様の、荷造りを」 あ、あ、と、いきなりの指名に、リジーは、慌てる。それが彼女の仕事なのだが、急すぎた。 皆、自分達の行いは、確かに、バレると不味いことになると、わかっていた。が、まさか、ビートンが、卿を呼び寄せ、すべてを公にしてしまうとは思っていなかった。そのせいで、レジーナにまで、ある種、罪がかかってしまったのだから。 「あっ、えっと、ビートンさん」 リジーは、口ごもる。 「今すぐ、でなくとも、良いでしょう」 ビートンは、テーブルに並べられている、厚切りローストビーフを見た。 「レジーナ様も、いかがですか?そして、こちらも、どうぞ……」 ビートンは、これまた、どこに忍ばせていたのか、上着の内側から、ゴシップ紙を取り出した。 「私が、悪者になっておりますからね。一応、私も、手は、打っております。ということで」 さあ、と、ビートンは、レジーナへ、ゴシップ紙と入れたての紅茶を勧めた。
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