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ゴシップ記事
ビートンに手渡された紙切れに、レジーナは、ぎょっとした。
適度なゴシップには、日々触れているが、それは、ご婦人達の会話内でのこと。
多少、眉をしかめておれば良いのだが、今、目にしている物は、まるで、違っていた。
抱き合う男女、そして、ステッキを振りかざす、燕尾服姿の男のイラストが、描かれており、派手な飾り文字で、『メイフェア伯爵夫人ご乱心』と、見出しがついている。
察するに、メイフェア、つまり、ロンドン屈指の高級住宅街に住む、伯爵夫人の忍ぶ恋を記事にした物のようなのだが、目に飛び込んで来た、ヨークシャーという文字に、レジーナは、更に、ぎょっとした。
「ヨークシャーのご子息は、熟女がお好き、ははは!こりゃいいや!」
レジーナの背後から覗き見している、ジョンが大笑いしている。
「ジョン、はしたないですよ。覗き見とは……」
ビートンが、注意するが、すかさず、レジーナが、口を挟んだ。
「ビートン!あなた、何が目当てなの!はしたないのは、あなた、でしょ!!」
メイフェア伯爵夫人とは、あの、ディブと訪れた、ガーデンパーティーを主催していた伯爵の妻のことだろう。
ヨークシャーの子息、つまり、ヨークシャー出身の子爵家子息、を暗示させる、言葉遊びに、レジーナは、ピンと来た。これは、あの夫人とディブの情事を扱った記事であると。
レジーナ達は、ヨークシャー出身の貴族だった。
英国有数の田園地帯であり、毛織物の産地でもあった。
そして、リジーが、舌なめずりしそうに話す、ヨークシャープディングの発祥の地だ。
と、そのようなことは、今のレジーナには、どうでも良い話で、ビートンが、何故、わざわざ、このようなものを、手渡して来たのか。
「えっ、レジーナお嬢様!ディブ、いや、ヨークシャーの子息は、決闘騒ぎに巻き込まれたみたいですよ!」
続きをひたすら覗き読みしている、ジョンが言った。
確かに。
夫人と抱き合っていた、男は、両手を上げて、走っている。その後を、夫であろう燕尾服姿の男が、片手にステッキ、片手にピストルと、なかなか、物騒な装いで、追いかけている。
まあ、イラストにしてしまえば、面白おかしく写るもの。実際、あえて、笑える様に書いている訳でもあるし。
「決闘って……そんな事、起これば、社交界では、大騒ぎになるわよ」
あるわけないだろう、そんなこと、そして、ディブなら、余計、美味く逃げ切る。と、レジーナは、ジョンに言いかけたが、そうか、この、イラスト通りなのだ。と、気が付いた。
妻の不貞を知って、というよりも、おそらく、ディブも、はめられ、ディブ一人のせいにされ、逃げ惑った。
と、いうのが、本当のところだろう。
相手は、メイフェアにセカンドハウスを持つ、伯爵家。
荒野で、のほほんと暮らしていた男など、赤子の手をひねるようなもの。
ならば、この醜聞が、ゴシップ紙に扱われないよう、さっさと手を回すはずなのに……。
「ビートン!あなたなのね!」
「はい、まあ、そうゆうことで」
すまして返事をする、ビートンへ、ジョンが、どうゆうことだと攻め寄った。
リジーは、その絵は、なんなのか、問うている。
マクレガーが、後で読んでやるから、とりあえず、黙っとけと、言う。
「……私も、いえ、私どもも、ディブ様のやり方には、多少、意見したいところもありまして。しかし、その様な機会には恵まれませんので、手っ取り早く」
「やり込めたって、ことか」
ガハガハ、マクレガーが、笑っている。
「ええ、そうとも言えますでしょうか。下手すれば、ディブ様が、レジーナ様の婚約者として、ここの管理を代行するかも、しれませんから」
「えー!なんで、ディブ様が!ここは、レジーナお嬢様のものなのに!」
ビートンの言葉に、リジーが、すぐに反応した。
「いや、だから、ビートンさんが、手をうったんだってーの、リジー!落ち着け!」
ジョンが、叫ぶリジーへ言い放つ。
「まあ、これで、他人は、入りこめねぇーって、訳だ」
マクレガーが、にやけていた。
「……ちょっと、あなた達、どうゆうことなの?少し、わからないのだけど」
ディブが主役のゴシップが漏れ、それが、なぜ彼が、屋敷との関わりを切る事に繋がるのか。
不審がる、レジーナへ、ビートンが、言った。
「レジーナ様、きっと、新しい人生を歩めますよ?」
人嫌いからか、適当なところで話をさっと、終わらせるビートンのはずなのに、レジーナの将来を、展望しているように伺えた。
ブルーの瞳は、どこか、キラキラ輝いており、レジーナをしっかり見つめている。
しかし。新しい人生といっても、たちまち、明日には、ロンドンを去り、本宅へ戻る事になっている。
そして、兄のこと。ディブとの、話を進め、結婚させられるに決まっている。
ディブは、まんまと、この屋敷を手入れて、管理のためと、ロンドンに入り浸ることになるだろう。
それの、どこが、新しい人生なのだ。まあ、結婚して、子爵夫人になるのだから、新しい生活が、始まるには、違いない。
「このゴシップ紙、ミドルトン卿へも、お届けしております。明日の朝食に、こちらも一緒に添えられる様に手配済みです」
ははは、そりゃーいいわ!
と、マクレガーも、ジョンも、大喜びだった。
リジーは、朝食後に新聞を読むだけなのに、何が、いいのかわからないと、ぶつぶつ言っている。
「ああ、リジー、いや、レジーナお嬢様にも、ゆっくりと、説明しないといけないようですね」
言うと、ビートンは、お茶が冷めたので、入れ直しましょうと、支度する。
「レジーナ夫人、今日の仕事は、終わった。まあ、腹ごしらえしましょうや!」
マクレガーが、ローストビーフへ、ナイフをいれた。
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