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想いの果て
報告に現れたリジーに、ジョンが慌てた。
「あっ、ビートンさん!終わりました。ほかには?」
いつも通り、リジーは、ビートンへ指示を仰いだ。
「リジー!いいからっ!お前、ちょっとは、空気読めよ!」
「え?ジョン!そんなに怒らなくてもいいじゃない!」
見てわかんねーのか!と、ジョンは叫びそうになっている。
やはり、ここから、リジーを連れだした方が、いや、ここに残るべきなのか。
前では、ビートンとレジーナが抱き合っている。
レジーナが、よろけた、それをビートンが、助けただけ。
が、これは、それ以上の男女のあれこれの始まりのようにジョンには思えていた。
やはり、まずい。
このまま、二人だけにするのは。
しかし、どうすれば良いのだろう。
ジョンが、惑っていると、ビートンが答えた。
ただし、リジーへではなく、レジーナへ向かって。
「……お荷物は?」
言って、そっと、胸元からレジーナを引き離すビートンだったが、両手は、レジーナの肩にしっかり添えられている。
「荷物……、荷造りを……」
何かを思い出したように、レジーナは、言った。
「レジーナ様、本当に、よろしいのですか?卿の言いなりに、このままだと、あなたは!」
ぐっと、レジーナの肩を掴むビートンの手に力が入る。
「い、痛いわ……」
「あーー!!ビートンさん!もう!!それに、レジーナお嬢様もっ!!何やってんすっかぁ!!お、俺、目のやり場ないっしょっ!!」
たまりかねたジョンが、叫び、その一声に、レジーナも、ビートンも、正気になったのか、あっと、互いに声を上げ、距離を取る。
「ビートン!あ、こ、これは、私はっ!」
「わかっておりますともっ!あなたは、誰にも従いたくないっ!」
ビートンは、更に声を上げて、
「だから!私を、私を、頼ればよいのですっ!」
「言ったよ!言い切ったよ!」
ジョンが、唖然としながら、ビートンと、レジーナを交互に見る。そして、やはり、その横で、
「あの、ビートンさん。ですから、私は、何をしたらいいんですか?」
リジーが、平然と、仕事について、尋ねていた。
「リジー!」
ちょっと来い、と、ジョンはリジーを引っ張って、食堂を出た。
やはり、二人きりにした方がいいと、ジョンは思う。
これで、ビートンが、勢い、レジーナを連れて逃げようと、ディブより俄然ましだ。そして、リジーがいれば、レジーナは、迷いから、うっかり、兄であるミドルトン卿の言いなりになるべきだと、ロンドンを去る荷造りを、と、言ってしまうだろう。
レジーナは、悪くない。
単に、自分勝手な、男達の言いなりになっているだけなのだから。
ディブは、当然、ミドルトン卿も、まるで、自分のもののように、ここを、扱っているが、よくよく考えれば、ここは、レジーナの持ち物。
確か、雇用契約とかいう、紙切れにも、レジーナの、名前が記されていた。そして、ビートンから、女主人であると、補足があった。
「痛いよ!ジョン!」
引っ張りだした、リジーが、ジョンの手を振りほどき、木靴で、ジョンの足を蹴って来た。
「痛てっ!リジー!お前こそ、痛てぇよ!」
何がなんだかわかんないと、リジーは、べそをかきそうになっている。
「しっ、静かにしねぇかっ!」
食堂の扉にへばりつくように、何故かマクレガーが、いた。
「え?」
「そう、驚くなって、ジョン。お前らが、余りに遅いから、本当に、レジーナお嬢様に、何かあったんじゃねぇかって、心配になってな」
言いながら、マクレガーは、ドアに耳を当て、中の様子を伺っている。
「マクレガーさん、心配って。本当にしてんっすかっ?!」
しっ!と、マクレガーが、ジョンを制した。
「今、いいところなんだ!」
「あんたねぇ……」
言いも悪いも。
ジョンは、またまた、呆れ果て、なんなの、なんなのと、騒ぐ、リジーを黙らせる。
そして──。
「ビートン!私、帰らないわ!ディブとも、婚約破棄しますっ!私は、誰にも、指図を受けない!私が、この屋敷の女主人なのよ!」
決意も新たな、レジーナの、叫びと、何か小さな甘い吐息が、ドアの向こうから流れて来た。
「マ、マクレガーさんっ?!」
「まあ、お前らが部屋を出て、正解だった、訳だな」
もしかして、そんな、と、動揺しきるジョンは、それでも、どこか、嬉しそうだった。
「が、ビートンのことだ、こりゃー、明日には、なかったことになるだろうなぁー」
ああっ、と、ジョンも、自分達の立場を思い出したようで、小さく呻いた。
ビートンとレジーナの関係は、これまでであり、手放しでは喜べないこと。しかし、ここ、は、守られる。それも、法的にも正当な持ち主が、主人として、しっかり、仕切る心づもりになったのだ。
もう、今日のような、馬鹿げた客が来ることもなく、町屋敷として、正当に動く。
明日は、ひと悶着起こるだろう。が、それは、レジーナ含め、皆にとっての、最善策なのだ。
ビートンが、いる。
レジーナをしっかり、援護、いや、守りきることだろう。
「まあ、卿は、ゴタゴタ言い尽くすだろうが、今のレジーナお嬢様なら、ビートンなしでも、押さえ込めるだろうよ」
「やっ、マクレガーさん?それじゃー、ビートンさんが……」
「しょーがねーだろ、あいつは、結局、執事だし。起こっているこたぁ、御屋敷、御家の内側のことだ。俺らは、お言葉ですが、と、左様ですか、の、繰り返ししかできまいて」
「えー、そんなー、他人事のような。俺たち、大丈夫なんでしょーねぇー」と、ジョンは、マクレガーへ、迫ったが、
「ねぇ、結局、荷物は、あるの?ないの?」
リジーは、ぶつくさ言っていた。
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