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「うちの事務所の社長の娘だよ」
不意に思い出す。レイル・ノワールが所属している事務所の社長の娘が、うちのバンドの大ファンだと言っていた。
倖弥はその娘に面識がなかったが、聖二は度々社長を含めて食事に行ったと聞いていた。たぶんその後、二人は仲良くなり、深い関係になったのだろう。
「オレの子どもだから、期待できるだろ?」
得意気に聖二は鼻で笑った。
「子ども欲しいって言ってたもんね」
「ああ、彼女とは籍だけ入れて、式は挙げないということで話はついた」
「……そうなんだ」
淡々と話す聖二。重大な内容だと思っているのは自分だけなのかと、錯覚を起こしそうになった。聖二にとっては大事なことではないのだろうか。ましてや倖弥は聖二の恋人だというのに、こんなにもあっさり打ち明けられては、深く考えている自分がおかしいとさえ思える。
結婚しないで――。
喉まで出かかった言葉を必死に飲み込んだ。言えるわけがなかった。彼の人生を壊すことになる。
「ショックか?」
聖二が宥めるように優しく頭を撫でてきた。倖弥は慌てて答える。
「へいき……」
その声は上擦っていて、とても大丈夫のようには聞こえなかった。聖二も気づいたらしく、倖弥の身体をそっと抱き寄せる。
「愛してるのは、おまえだけだよ」
耳元で聖二の甘い声が響いた。倖弥も彼に頬を寄せて、何度も頷く。聖二に触れられた途端、身体が熱を持ち始めたのがわかった。
「聖二、もう一度抱いて……」
擦りつけるように腰を動かして身体を密着させれば、聖二が耳元に唇を這わせながら微かに笑う。
「おまえからねだるなんて珍しいな。いいよ、思う存分抱いてやる」
好きな人が自分を好きになってくれる。それだけで、倖弥は満足だったのだ。
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