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倖弥は、聖二の傍へと足を進める。
「聖二」
倖弥の呼びかけに顔を上げたが、すぐ手にしていたベースに視線を落とした。
「早く準備しろ」
彼の苛々が、こちらまで伝わってきた。怯んでしまって一瞬迷ったが、改めて決意する。
「きちんと言ってなかったから」
聖二は再び顔を上げて、不愉快そうに眉をひそめた。
「何を?」
「結婚、おめでとう」
倖弥のその言葉に、聖二が目を見開いた。
たぶん自分が言わない限り、他のメンバーは誰も口にしない。そんな気がしたから早く伝えようと思った。
出来る限り平常心を装ったつもりだった。声は震えていなかっただろうか。
そんなことを考えている間、倖弥の後を追うようにトシが声を上げた。
「聖二、結婚おめでとう!」
浮かれ騒ぐようにそう言って、なぜか倖弥の肩を抱いた。俊平は、通りすがりに「おめでとう」とぼそっと呟き、自分の定位置につく。
「何なんだ、おまえら。まだ結婚してねーよ」
「そっか。聖二のことだから破談になるかもしれないもんね」
調子に乗ったトシがそんなことを言えば、聖二は意地悪そうに口角を上げてニッと笑う。
「トシ、おまえいい度胸してるな。今日の演奏が楽しみだ」
「それ、悪巧みしてる時の顔だよ。助けて、ユキちゃん」
トシは、聖二から隠れるように倖弥を盾にした。その瞬間、自然と笑みが零れる。
正直なところ、聖二の前で笑えるか不安だったからホッとしていた。
これも全てメンバーのおかげだ。信頼できる仲間が傍にいるだけで、辛いことも乗り越えていける。こんな恵まれた環境にいられる自分は幸運なのだ。
倖弥は、そう実感していた。
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