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真冬の昼下がり、黒煙が町のあちこちから立ち昇っている。キールは軽機関銃を手にしたまま、数十メートル先の曲がり角に停車している乗用車を震えながら見つめていた。
車の運転席の窓が下へスライドして開き、30代ぐらいのインテリ風の男が引きつった顔で何か叫んでいる。助手席に座っている同じ年頃の女は両手で顔を覆って怯えていた。
キールがためらいながら足を前に踏み出し、それに気づいた車の中の男がさらに声を張り上げた。
ウクライナ語を解さないキールには男が何と言っているのかは分からなかった。だが服装と車の型から考えて軍人とは思えない。自分は民間人だ、撃つなと言っているのだろうと推測は出来た。
キールが銃口を下げようとすると、右足すれすれの地面に自動小銃の弾丸が1発背後から飛んで来た。キールが上半身をねじって後ろを見ると、白系ロシア人の上官がタバコをくわえたまま自動小銃の銃口をキールの背中に向けているのが見えた。
「何をぐずぐずしている? ツングースの猿は引き金も満足に引けんのか?」
上官は口汚いロシア語で急かす。キールは顔を歪めて答えた。
「隊長殿、あれは民間人だと思います。武器も持っていないようで……」
隊長は大声でキールの言葉を遮った。
「我々の部隊がここにいる事を知られてはならんのだ。それともお前が先に行くか、墓場へ?」
隊長がさらに自動小銃を1発撃ち、キールの体を弾丸がかすめる。キールは半狂乱になって体を前に向け、ウクライナ人のカップルの車に銃口を向けて軽機関銃の引き金を絞った。
弾丸の奔流が車体を貫いた。車体の左側のドアと窓に無数の穴が開き、中の男と女が絶叫を上げてシートに倒れ伏すのが見えた。
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