時空特急777

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 隊長は咥えたばこのまま車に近づき、前と後ろのドアを開け放った。前の座席には血まみれになった男女が折り重なるようにシートにもたれていた。  後部座席のドアを開けた隊長は、にやりと笑って言った。 「おや、もう一人隠れていやがったか。おい、新米、お手柄だぞ」  キールがきょとんとして穴だらけの後部座席のドアに近づくと、シートの上に仰向けに転がっている5歳ぐらいの男の子の姿が見えた。  子ども用の防寒着は穴だらけになっていて、その奥からまだ真っ赤な鮮血が床にぼたぼたと流れ落ちていた。  キールはその場に立ち尽くし、全身をガタガタと震わせた。それは寒さのせいだけではなかった。男の子の目は生きていた時と同じように開いたままで、その視線はまっすぐキールを見つめているように見えた。  言葉を失い立ちつくすキールの肩を隊長が手でポンと叩いて気軽な口調で言う。 「ようし、よくやった。ガキとは言え生き残っていたら、我々の存在を敵に知らせたかもしれん。俺が中隊長に行っておいてやろう。ここの制圧が終わったら、おまえには休暇をくれてやる」  隊長がその場を立ち去った後も、キールはその場所に立ったまま、車の後部座席の男の子の死体から目を離せずにいた。  男の子の目がまっすぐ自分を見ているように思えて、キールは泣きそうな声で叫んだ。 「違う! 知らなかったんだ! こんなつもりは……ウワアアアア!」  キールが次の瞬間に目にしたのは、暗がりの中に浮かぶ安っぽいアパートの天井から下がった蛍光灯の常夜灯だった。  布団を跳ねのけて上半身を起こしたキールはロシア語でわめき続けた。 「違う! 君を殺すつもりはなかった! 俺は、俺は……」  同じ布団に寝ていた若い女が飛び起きてキールの肩を抱く。 「キール、落ち着いて! また夢見たのね」 「優子……」  キールは我に返り、小さな子どもの様に優子と呼んだ女性に正面から抱きついた。涙を流しながら日本語で繰り返す。 「俺はやりたくなかった。隊長の命令だったんだ。無理やりやらされたんだ。俺のせいじゃない。俺のせいじゃない、俺のせいじゃ……」  優子はキールの頭を胸元に抱きしめて、赤ん坊をあやすように優しくささやく。 「分かってるよ、キールは悪くない。安心して、ここは日本よ、東京よ」  ようやく落ち着いてわめくのをやめ、荒い呼吸を繰り返していたキールがふと、窓に目をやった。そしてつぶやく。 「電車の音がする。今何時だい?」  寝巻替わりのスウェット姿の優子は枕もとのスマホの時刻表示を見て首を傾げた。 「3時過ぎだよ、夜中の。こんな時間に電車走ってるわけないけど」  優子が窓のカーテンを開け外をのぞく。遠くに高層ビル群が見える窓の外の夜空には何も見えない。  キールも優子も気づいていなかった。部屋の隅にある優子の化粧ボックスの鏡に窓の外の夜空が映っている。  夜空には何もない。だが、鏡の中の夜空には、深紅の豪華列車のような電車が映っていた。その電車は宙を飛んでいた。
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