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11月の初旬、東京23区では朝晩はもう肌寒いと感じる頃、宮下は久々の休暇を取って、伊豆大島を訪れていた。
大島空港を出てタクシーで墓地へ向かった。まだ半袖でちょうどよく感じる島の風に吹かれながら、カットソーのシャツ、チノパンにスニーカーというラフな服装の宮下は、迷路のように小さな墓石が並んだ墓地を迷う事もなく進んで行った。
墓地のやや隅にある墓石の前でしゃがみ込み、背負っていたリュックから線香の束と小さな菊の花束を取り出し、墓前に供えた。
手を合わせて回想にふけっていると、足音が近づいて来た。
「やっぱりあなただったのね、宮下さん」
宮下が顔を上げると、60ぐらいの上品そうな婦人が穏やかな笑みを顔に浮かべて宮下を見下ろしていた。
宮下は飛び上がるように立ち上がり、深々と一礼した。
「ご無沙汰しております、斎藤さんの奥様」
斎藤と呼ばれた老婦人は墓石に方に視線を向け、うれしそうな口調で言った。
「毎年命日の頃になると、誰かがお線香とお花を供えている様子だったから、もしかしてとは思っていたけれど。もう何年も前なのに、あなたも律儀ねえ」
「申し訳ありません。のうのうと顔を出せる身ではないとは分かっていますが」
「あらあら、自分の事をそんな風に言うもんじゃないわよ。あなたの事を恨んでなんていませんよ、私は。あの人も喜んでいるでしょう。毎年毎年、最後にお世話したキャリアの方にお参りに来てもらえるんだから」
斎藤も墓石の前にしゃがんで手を合わせた。そして立ち上がり、宮下に言った。
「家に寄ってらっしゃいな。お茶ぐらいはご馳走させてちょうだい。ここから歩いてちょっとの所だから」
斎藤はそう言って宮下について来るように促し、ゆっくりと先に立って歩き始めた。
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