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湯気の立つコーヒーに息を吹きかけつつ、恐る恐る口へ運ぶと、芳醇な香りとほろ苦さが、渇いた喉を潤した。
「美味しい……」
ため息と共にそっと呟き、カップをソーサーに戻すと、井上くんは「良かった」と頬を緩めた。そして、そのままじっと私を見つめてくる。
「……なに?」
戸惑いと恥ずかしさが半々。つい、ぶっきらぼうに返してしまった。が、彼は気にする素振りも見せず、微笑んだままおしぼりを差し出した。
「目元、ちょっとだけ腫れてる。泣いた?」
「えっ」
私は咄嗟におしぼりを受け取ると同時に、左手を目元に当てがう。途端、ぼやけていた視界が徐々に開けていった。
「私、泣いてたんだ……」
大雨の中だったからだろうか。全然気づかなかった。
しみじみと漏れた呟きがおかしくて、私はふっと微笑したが、井上くんは笑わなかった。
「……花純」
昔のように名前を呼ばれ、肩がピクリと上がる。思わず反射的に椅子から立ち上がりかけたところで、追いつかれて素早く右手を掴まれる。
「……離して」
「離さない」
「なんで……?」
「なんでって……」
はあ……と零される盛大なため息。
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