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「いらっしゃいませ」
カウンターから、間延びのない穏やかな低音を発した男性スタッフは、私の姿を認めるなり、分かりやすく狼狽えた。
ん? と小首を傾げる。私の顔に、何か付いているのだろうか。
「あの……もし違っていたら、すみません」
瞳が右に左に、忙しく揺れ動く。
「もしかして……染谷花純さん、ですか?」
「そうですけど……」
返した声音は、明らか不審なものだった。それもそのはず、だってお互い初対面なのに。
まさか、昔の知り合いなんてことはないだろう。そう思いながら、今度はちゃんと男性の顔を眺める。
はっとするほど端正ではないが、見るからに人の良さそうな優しげな風貌。なんとなく、昔、朝の情報番組で司会をしていたアイドルに似ているな、と思った。あの彼を、今より随分と若くした感じ。
すると、見入っている私が余程不審そうな顔をしていたのか、目の前の彼は切羽詰まったように、カウンターから身を乗り出した。
「俺だよ俺! 覚えてない? 井上真尋」
――イノウエ、マヒロ……? えっ、もしかして……!
私はその名前を聞き、ようやく、目の前の男性と昔の彼を結びつけることができた。
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