思い出と暗雲

2/2
前へ
/15ページ
次へ
「どこで? 仲良かったの? その人と」 「今日、面接受けた会社から、ちょっと歩いたところにあるカフェで。そこで働いてるみたいでね……」  私はここで一呼吸置き、唇を舌で湿らせる。 「実はさ、昔……付き合ってたんだよね」  返ってくる反応が怖くて、俯く。でも彼は「そうなんだ」と、一言零しただけだった。 「え、それだけ?」  私は唖然(あぜん)としてしまう。 「それだけって?」 「えっと……今日はしょうがないけど、これからは行かないでほしい、とかないの?」  すると夫は、スマホに目線を落として軽く笑った。 「だって、もう昔のことなんだろ? そんなことに目くじら立てるほど、小さくないよ? 俺は」  最後の倒置法が、魚の小骨のように、チクリと喉に刺さる。別に嫉妬とかを期待していたわけじゃない。ただ一言、『俺は花純(かすみ)のこと、信じてるから』――そう言ってほしかっただけ。  彼に落ち度なんてない。ちゃんと献身的に尽くしてくれてる。でもそれは、私のためじゃないんだね。婿(むこ)養子っていう、自分の体裁を守るためなんだ。  途端、何が面白いのか、スマホを見てゲラゲラ爆笑し始めた彼を背に、私は黙って(きびす)を返した。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

39人が本棚に入れています
本棚に追加