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「どこで? 仲良かったの? その人と」
「今日、面接受けた会社から、ちょっと歩いたところにあるカフェで。そこで働いてるみたいでね……」
私はここで一呼吸置き、唇を舌で湿らせる。
「実はさ、昔……付き合ってたんだよね」
返ってくる反応が怖くて、俯く。でも彼は「そうなんだ」と、一言零しただけだった。
「え、それだけ?」
私は唖然としてしまう。
「それだけって?」
「えっと……今日はしょうがないけど、これからは行かないでほしい、とかないの?」
すると夫は、スマホに目線を落として軽く笑った。
「だって、もう昔のことなんだろ? そんなことにいちいち目くじら立てるほど、小さくないよ? 俺は」
最後の倒置法が、魚の小骨のように、チクリと喉に刺さる。別に嫉妬とかを期待していたわけじゃない。ただ一言、『俺は花純のこと、信じてるから』――そう言ってほしかっただけ。
彼に落ち度なんてない。ちゃんと献身的に尽くしてくれてる。でもそれは、私のためじゃないんだね。婿養子っていう、自分の体裁を守るためなんだ。
途端、何が面白いのか、スマホを見てゲラゲラ爆笑し始めた彼を背に、私は黙って踵を返した。
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