【3】草吹甲斐

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2人に代わって久宝(くぼう)が立った。 土屋は全員にコーヒーを配る。 「立たなくてもいいわよ。報告任せるわ」 「はい! では、東京都監察医務院の調査結果を報告します!」 「でけぇ声だな…何の演説だ?」 豊川が降りて来た。 今や定位置となった席へ座る。 「悪ィな兄ちゃん。続けてくれ」 「はい…。丁度良かった。豊川さん、あなたは山崎茂雄と最後に話したんですよね?」 急に落ち着き払って、言葉のトーンが変わる。 「あぁ、多分…その通りだが?」 「しかも、お酒を飲んでいた。つまり酔っていた。酔った状態でここに戻り、山崎が殺されたのを知り、会っていた…と言った」 「おい久宝、何が言いたいんだ?」 イラついた戸澤が、横から口を挟む。 久宝が笑った。 そのを感じた紗夜が、目を細める。 それは…笑った者がもう1人いたから。 こういう雰囲気の場合、富士本は紗夜を見る。 紗夜でしか感じないモノを知る為に。 育ての親として、その能力に何度も救われた。 「久宝さん、もういいんじゃない?」 一緒に行った土屋が促す。 (アイコンタクト…この2人…) 昴を見る紗夜。 (どうしました、紗夜さん?) ある事件で死にかけた昴は、ラブの血を輸血し、その能力の一部を受け継いでいた。 しかし、紗夜とは少し違っていた。 「東京都監察医務院に行きましたが、女子中学生の遺体はありませんでした」 「なに?」 「どういうこと?」 「記録も全てなくなっていました。医務院にはあの時間彼だけでした」 「久宝とやら、まさか山崎の話がでたらめだって言いたいのか?」 「豊川さん、あなたは酔っていた。恐らく彼も。少女の遺体が消える筈はない。全て真実ではないのでは?」 「何だとこの野郎❗️」 「…という風にこれは、私達の信頼を崩すことが狙いですね。冗談が過ぎました。謝ります」 「久宝さんの読みは、まんざらでもないと思います。犯人は私達の存在を意識し、撹乱させているのでは?」 「土屋さん、久宝さん。自殺があったのは間違いなく、中央署には亡くなった検死官の記録がありました。運んだ救急隊にも確認済みです」 調べた昴が報告した。 「自殺したのは、藤堂美波 15歳。自宅住所の所有者は偽名で、同居の家族はいません。彼女は1人で住んでいた様です」 「昴さん…藤堂…美波。担任教師はかなり精神をやられていますが、事故を起こしたのは、突然血まみれの藤堂美波が現れ、慌ててハンドルを切ったと話してくれました」 桐谷が病院でのことを告げる。 「何なのよその()は?生きてるとか?」 「咲さん、あの高さと検死官の報告では、生きてるはずはないですね」 「ということは昴、死体を誰かが持ち出した…或いは、生き返ったか?だな」 淳一の半分冗談の言葉に、誰も反論しない。 「藤堂美波…まさか⁉️」 何故か知っている気がして、考えていた紗夜。 ファンレター?の入ったケースの中を探す。 「ありました!」 「えっ? 何があったの?」 「藤堂美波さんからの…遺書」 封筒には、女の子らしい手書き文字で 『遺書  警視庁刑事課 宮本 紗夜様  魁中学校1年 藤堂 美波』 と書かれていた。 「それって…」 昴が端末で調べ始める。 「何故かは後にして紗夜、読んでみて」 咲に言われ、封を切り手紙を取り出す。 やはり遺書で始まっていた。 遺書 今の警察で信用できるのは、テレビや雑誌で見かけた紗夜さんしか思いつかず、送らせてもらいました。 私は今から、皆んなのために死にます。この学校からイジメがなくなることを願って。 そしてそれが、他の学校にも波紋を広げ、いつかこの世からなくなる様に祈って。 私はここに来てから、イジメられる役を演じて来ました。でも、それは長くは続かない。 アイツらは飽きて、次の子を狙っています。 先生も力になれません。 世の中が、(しか)ることを奪ったから。 親も学校も表には出しません。 イジメた子もイジメられた子も学校も、マスコミのネタにされ、その家族や他の生徒まで、世の中から拒絶され、批判されるから。 でも誰かが始めないと、このままじゃダメ。 変わるかは分からない。 私にはもうこうするしか、皆んなを守ることができない。 私をイジメた子達は、それで止めるでしょう。 だから、名前は書きません。 それで十分だから。 でも、学校と社会は許せない。 許しちゃいけない。 紗夜刑事さん。 迷惑かけてごめんなさい。 でもどうか、力を貸してください。 皆んなを守ってあげてください。 わがままですみません。 さよなら。       藤堂美波 読みながら、紗夜の頬を涙が流れていた。 皆んなも同じである。 「桐谷、戸澤、こんなこと許すんじゃない! 学校側を徹底的に叩いて、真実を吐かせて。そして…2度と起こらない様に、校長の宣誓書を貰って来い‼️」 涙を拭いもしない咲。 「遺体がないとかは、この際どうでもいい。藤堂美波がいて、イジメを止める為に飛び降りたのは事実。土屋、貴方なら顔が効くでしょう。その遺書と検死報告書、それと宣誓書を文部科学大臣に突き付けて❗️」 「咲さん。話は聞いていました。その役は私が責任持って果たしましょう」 「花山警視総監⁉️」 「もうじき、SNSを含めた報道の規制法案が可決されるでしょう。間違った世の中を正すのも、我々警察の使命だと思います」 「花山さん、よろしくお願いします」 上の階にある警視総監室。 涙を拭き、決意を新たにする花山であった。
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