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〜新宿区北新宿〜
ハイグレードなオフィスタワーとして、ガラス張りの外観が目を引く新宿フロントタワー。
36階建ての天井が高い高層ビルには、有名な企業や個人ブランドの事務所が多い。
早朝、インテリアデザイナーの七尾 瑠璃子が、16基あるエレベーターの1つに乗った。
31階のフロアが、彼女の事務所兼作業場であり、最近大型複合施設のオーナーから依頼を受け、今日がプレゼンの日であった。
締まりかけたドアを、黒手袋の手が止めた。
黒いスーツ姿の男性が1人、入って来る。
25階を押す。
(お客じゃなくてよかった〜)
このビルで、こんな風貌の者とは関わらない方が身のため。最初に教わったことである。
ホッとしたのも束の間。
「あれ?もしかしたら、インテリアデザイナーの七尾瑠璃子さんじゃないですか?」
人気の波に乗っている七尾。
よく声はかけられるが、あまりにも馴れ馴れしい態度に、必死に記憶を辿る。
「私ですよ、刀の刃とかいて刃。覚えてないかな〜」
かなり特徴的な名前。
面識があれば覚えているはず…だが、知らない。
「すみません、思い出せないのですが…」
その一言で、事態は急変した。
男の笑顔が消える。
「忘れたか…15年前じゃあ仕方ないか」
15年前とすれば、中学生の頃。
しかし、男子と付き合った記憶はないし、どう見てもかなりの歳上である。
「何かの先生…でしたか?」
「先生か…俺みたいな先生がいたら、今頃ここにいる必要はない」
ここにいる理由など、分かる訳がない。
「弓道の試合とかで?」
七尾は弓道部で、かなりの腕前であった。
「弓道部だったのか。弓と矢があったら、的はお前の頭だな。外す気がしねぇ」
明らかな脅し。
身の危険を感じて、携帯を取り出す。
「心配すんな。ここで襲ったりはしないよ」
21階に着き、ドアが開く。
だがまだ降りず、扉を足で止める。
「可哀相に…進藤由香は、死んでもきっと、忘れずにお前を恨み続けている」
華やかに生きてきた道程に残る、唯一の汚点。
その名前は、忘れてはいない。
「刃さん…貴方は彼女の⁉️」
「思い出してくれて、嬉しいよ」
恐怖で顔が引き攣る七尾。
「今日は、大口と契約を結ぶ記念すべき日だとか。ぜひともお祝いしたくてね」
「な…なにが目当てなのよ?お金?謝罪?」
その強気な性格こそが、彼女を成功に導いた。
中学校でも従う者が多く、退屈凌ぎにイジメを楽しんでいた1人。
「さて、俺はここまでだ」
手提げのバッグに手を入れる。
一瞬、殺られる! と思った。
しかし、取り出したのは銃でもナイフでもなく、可愛くラッピングされた四角い物。
「娘の由香から頼まれてね。ささやかなお祝いだ、受け取れ」
出て行く間際に手渡した。
直ぐ隣のエレベーターで降りて行く刃。
31階で降り、走って自分の部屋へ入る七尾。
フロアにはまだ誰も来ていない。
警備員も、ましてや警察も呼べはしない。
葬り去ったはずの記憶が蘇る。
椅子に座り、震える手でラッピングを開く。
「そんな⁉️」
箱の面に切り貼りされた紙。
『七尾 瑠璃子』
手書きの赤い文字。
時の経過を感じさせる、変色した紙。
直感で、進藤由香の文字だと分かった。
刃が切り出した、リストの一部である。
恐る恐る箱を…開けた。
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