【4】刃

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〜新宿区北新宿〜 ハイグレードなオフィスタワーとして、ガラス張りの外観が目を引く新宿フロントタワー。 36階建ての天井が高い高層ビルには、有名な企業や個人ブランドの事務所が多い。 早朝、インテリアデザイナーの七尾(ななお) 瑠璃子(るりこ)が、16基あるエレベーターの1つに乗った。 31階のフロアが、彼女の事務所兼作業場であり、最近大型複合施設のオーナーから依頼を受け、今日がプレゼンの日であった。 締まりかけたドアを、黒手袋の手が止めた。 黒いスーツ姿の男性が1人、入って来る。 25階を押す。 (お客じゃなくてよかった〜) このビルで、こんな風貌の者とは関わらない方が身のため。最初に教わったことである。 ホッとしたのも束の間。 「あれ?もしかしたら、インテリアデザイナーの七尾瑠璃子さんじゃないですか?」 人気の波に乗っている七尾。 よく声はかけられるが、あまりにも馴れ馴れしい態度に、必死に記憶を辿る。 「私ですよ、刀の刃とかいて(やいば)。覚えてないかな〜」 かなり特徴的な名前。 面識があれば覚えているはず…だが、知らない。 「すみません、思い出せないのですが…」 その一言で、事態は急変した。 男の笑顔が消える。 「忘れたか…15年前じゃあ仕方ないか」 15年前とすれば、中学生の頃。 しかし、男子と付き合った記憶はないし、どう見てもかなりの歳上である。 「何かの先生…でしたか?」 「先生か…俺みたいな先生がいたら、今頃ここにいる必要はない」 ここにいる理由など、分かる訳がない。 「弓道の試合とかで?」 七尾は弓道部で、かなりの腕前であった。 「弓道部だったのか。弓と矢があったら、的はお前の頭だな。外す気がしねぇ」 明らかな脅し。 身の危険を感じて、携帯を取り出す。 「心配すんな。ここで襲ったりはしないよ」 21階に着き、ドアが開く。 だがまだ降りず、扉を足で止める。 「可哀相に…進藤由香は、死んでもきっと、忘れずにお前を恨み続けている」 華やかに生きてきた道程に残る、唯一の汚点。 その名前は、忘れてはいない。 「(やいば)さん…貴方は彼女の⁉️」 「思い出してくれて、嬉しいよ」 恐怖で顔が引き攣る七尾。 「今日は、大口と契約を結ぶ記念すべき日だとか。ぜひともお祝いしたくてね」 「な…なにが目当てなのよ?お金?謝罪?」 その強気な性格こそが、彼女を成功に導いた。 中学校でも従う者が多く、退屈凌ぎにイジメを楽しんでいた1人。 「さて、俺はここまでだ」 手提げのバッグに手を入れる。 一瞬、()られる! と思った。 しかし、取り出したのは銃でもナイフでもなく、可愛くラッピングされた四角い物。 「娘の由香から頼まれてね。ささやかなお祝いだ、受け取れ」 出て行く間際に手渡した。 直ぐ隣のエレベーターで降りて行く刃。 31階で降り、走って自分の部屋へ入る七尾。 フロアにはまだ誰も来ていない。 警備員も、ましてや警察も呼べはしない。 葬り去ったはずの記憶が蘇る。 椅子に座り、震える手でラッピングを開く。 「そんな⁉️」 箱の(おもて)に切り貼りされた紙。 『七尾 瑠璃子』 手書きの赤い文字。 時の経過を感じさせる、変色した紙。 直感で、進藤由香の文字だと分かった。 (やいば)が切り出した、リストの一部である。 恐る恐る箱を…開けた。
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