【4】刃

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〜都立魁中学校〜 正に一触即発。 広い校長室が、緊迫ムードに包まれていた。 学校側は、校長と教頭、教育委員会地区長。 対するは、今にも銃を抜きそうな勢いの戸澤。 その隣で、ミニスカから伸びる美脚を組んで、ヒールの先でテーブルをつつく桐谷。 テーブルには、広げられた白紙が1枚。 「け…刑事さん、こう何度も来られては、生徒たちの不安が増します。お互い世間をよく知る公務員として、勘弁してくださいませんか?」 プチッ! 同じくくりに入れられて…キレた。 立ち上がり、ヒールの(かかと)がテーブルに、ミシッ!っとめり込む。 「アンタらと同じにするな❗️こっちは、和解の条件を提示して、ご丁寧に紙と高い万年筆まで用意してんだ! (いさぎよ)く認めて、誓約書を書いたらどうよ❗️」 (き…桐谷、怖ぇ〜) 隣の戸澤でさえ、つい横に身を離していた。 怯えて(うつむ)いた校長が、目だけを上げる。 「覗いてんじゃねぇ❗️」 …と言っても、目の前であり、顔を上げたら丸見えの態勢を作っているのは桐谷。 …と思った校長。 …同じく戸澤も。 「What a lascivious old man! I can't even put it in the corner of the educator.」 (訳:なんてどすけべなオヤジが!教育者の片隅にもおけないわね) 興奮すると英語になる、元CIA諜報員。 戸澤が腰を掴んで、何とか座らせた。 そこへ、中年の女性が入って来た。 目の下の(くま)が、悲壮感を(まと)う。 「宮内先生、体調が悪いなら無理に出てこなくてもいいんですよ。休んでいてください」 咄嗟に部屋から出そうとする教頭。 抵抗を見せる姿に、近い戸澤が動く。 「まるで、喋られてはマズイことでもあるみたいだな。どうぞこちらへ」 教頭を引き離し、自分が座っていたソファへ座らせ、戸澤は近くの椅子に座る。 「宮内先生…ですね。何か知っていたら、教えてください」 (ふぅ、日本語に戻った〜世話が焼けるぜ) 戸澤は以前、酔った桐谷から、幼少期から孤児院で育ったことを聞いていた。 そしてそこが養成所と知った時には、ずば抜けた運動神経と記憶力が覚醒し、両親も諜報員であり、自分がそこに来た時には、まだ生きていたことを、自ら調べ上げたのである。 普通の子供時代を知らない桐谷。 それ故、自殺に追いやった者を許せなかった。 「宮内先生、顔色も悪い。さあ、帰りなさい」 「黙れ。それ以上邪魔したら撃つぜ」 あり得ないとは分かっていても、銃口を間近で向けられた恐怖は、素人(しろうと)にはキツい。 「眠れないんです…」 「えっ?」 か細い呟きに、聞き返す桐谷。 「眠ると、彼女が…藤堂美波さんが現れて…血だらけで…真っ赤な目で笑うんです!」 「藤堂美波さんは、イジメられていたのね?」 涙を流しながら頷く宮内。 「それは違う! 宮内先生は、彼女の死を見て、おかしくなってい」 「バンッ❗️」 「邪魔したら撃つと言ったはずだ」 (マジで撃つか? 戸澤…) 音に驚く桐谷ではないが、その目が訴える。 髪をかすめた銃弾に、我知らず失禁した校長。 当然当てはせず、弾丸は壁にめり込んだ。 だが校長は、死んだと感じたはず。 非現実的な硝煙の匂い。 それが麻薬の様に神経を惑わす。 「悪ィ、宮内先生。続けてくれ」 その1発が、彼女を正気にしていた。 「いつからか彼女はやってきて、直ぐにイジメが始まりました。私にはまるで、彼女が自らそれを誘っているかの様に見えました」 その勘が間違いないと知っている2人。 「なぜ、止めなかったのですか?」 「イジメを止めてはいけない…と言われていましたから、皆んな。ここにいる3人に」 「教育委員会までも⁉️」 「チッ…」 地区長の口から思わず漏れた。 「どうして…どういうことよ❗️」 再びヒートアップする桐谷。 が…その時。 「君らは、何も分かっていない」 放心状態だった校長が、不意に呟いた。 同じトーンの声で、虚な目のまま。 「今の教育の現場は、教師にとっては地雷を敷き詰めた戦場の様なもの。踏み込んだら最後、もう逃げることもできず、地獄に堕とされる」 「私と校長は、共にその地獄に堕ちました」 校長に着替える様に囁き、教頭が引き継いだ。 下半身を濡らした校長が席を外す。 「以前福岡に赴任した私は、イジメを止めるために、必死で働きかける校長に出会いました」 ソファをハンカチで拭き、真ん中に座った。 「感化された私も、イジメを見かけると、その生徒を注意しました。そして、その次の朝には、校門に押し寄せた大勢のマスコミに囲まれ、やっとのことで職員室へ辿り着きました」 若い女性の先生が、熱いお茶を淹れて回る。 それを一口飲んで、続けた。 「校長室には、何人かの親が押しかけ、校長はただただ頭を床につけて、謝るしか無かった」 「SNSの仕業か。なんて世の中だ」 注意する彼と校長を、無関係の生徒が動画に撮り、投稿サイトに面白半分に載せた。 それは、瞬く間に体罰的行為やパワハラとして拡散し、教師のみならず多くの生徒達まで、学校から追い出したのである。
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