100人が本棚に入れています
本棚に追加
/58ページ
〜都立魁中学校〜
正に一触即発。
広い校長室が、緊迫ムードに包まれていた。
学校側は、校長と教頭、教育委員会地区長。
対するは、今にも銃を抜きそうな勢いの戸澤。
その隣で、ミニスカから伸びる美脚を組んで、ヒールの先でテーブルをつつく桐谷。
テーブルには、広げられた白紙が1枚。
「け…刑事さん、こう何度も来られては、生徒たちの不安が増します。お互い世間をよく知る公務員として、勘弁してくださいませんか?」
プチッ!
同じくくりに入れられて…キレた。
立ち上がり、ヒールの踵がテーブルに、ミシッ!っとめり込む。
「アンタらと同じにするな❗️こっちは、和解の条件を提示して、ご丁寧に紙と高い万年筆まで用意してんだ! 潔く認めて、誓約書を書いたらどうよ❗️」
(き…桐谷、怖ぇ〜)
隣の戸澤でさえ、つい横に身を離していた。
怯えて俯いた校長が、目だけを上げる。
「覗いてんじゃねぇ❗️」
…と言っても、目の前であり、顔を上げたら丸見えの態勢を作っているのは桐谷。
…と思った校長。
…同じく戸澤も。
「What a lascivious old man! I can't even put it in the corner of the educator.」
(訳:なんてどすけべなオヤジが!教育者の片隅にもおけないわね)
興奮すると英語になる、元CIA諜報員。
戸澤が腰を掴んで、何とか座らせた。
そこへ、中年の女性が入って来た。
目の下の隈が、悲壮感を纏う。
「宮内先生、体調が悪いなら無理に出てこなくてもいいんですよ。休んでいてください」
咄嗟に部屋から出そうとする教頭。
抵抗を見せる姿に、近い戸澤が動く。
「まるで、喋られてはマズイことでもあるみたいだな。どうぞこちらへ」
教頭を引き離し、自分が座っていたソファへ座らせ、戸澤は近くの椅子に座る。
「宮内先生…ですね。何か知っていたら、教えてください」
(ふぅ、日本語に戻った〜世話が焼けるぜ)
戸澤は以前、酔った桐谷から、幼少期から孤児院で育ったことを聞いていた。
そしてそこが養成所と知った時には、ずば抜けた運動神経と記憶力が覚醒し、両親も諜報員であり、自分がそこに来た時には、まだ生きていたことを、自ら調べ上げたのである。
普通の子供時代を知らない桐谷。
それ故、自殺に追いやった者を許せなかった。
「宮内先生、顔色も悪い。さあ、帰りなさい」
「黙れ。それ以上邪魔したら撃つぜ」
あり得ないとは分かっていても、銃口を間近で向けられた恐怖は、素人にはキツい。
「眠れないんです…」
「えっ?」
か細い呟きに、聞き返す桐谷。
「眠ると、彼女が…藤堂美波さんが現れて…血だらけで…真っ赤な目で笑うんです!」
「藤堂美波さんは、イジメられていたのね?」
涙を流しながら頷く宮内。
「それは違う! 宮内先生は、彼女の死を見て、おかしくなってい」
「バンッ❗️」
「邪魔したら撃つと言ったはずだ」
(マジで撃つか? 戸澤…)
音に驚く桐谷ではないが、その目が訴える。
髪をかすめた銃弾に、我知らず失禁した校長。
当然当てはせず、弾丸は壁にめり込んだ。
だが校長は、死んだと感じたはず。
非現実的な硝煙の匂い。
それが麻薬の様に神経を惑わす。
「悪ィ、宮内先生。続けてくれ」
その1発が、彼女を正気にしていた。
「いつからか彼女はやってきて、直ぐにイジメが始まりました。私にはまるで、彼女が自らそれを誘っているかの様に見えました」
その勘が間違いないと知っている2人。
「なぜ、止めなかったのですか?」
「イジメを止めてはいけない…と言われていましたから、皆んな。ここにいる3人に」
「教育委員会までも⁉️」
「チッ…」
地区長の口から思わず漏れた。
「どうして…どういうことよ❗️」
再びヒートアップする桐谷。
が…その時。
「君らは、何も分かっていない」
放心状態だった校長が、不意に呟いた。
同じトーンの声で、虚な目のまま。
「今の教育の現場は、教師にとっては地雷を敷き詰めた戦場の様なもの。踏み込んだら最後、もう逃げることもできず、地獄に堕とされる」
「私と校長は、共にその地獄に堕ちました」
校長に着替える様に囁き、教頭が引き継いだ。
下半身を濡らした校長が席を外す。
「以前福岡に赴任した私は、イジメを止めるために、必死で働きかける校長に出会いました」
ソファをハンカチで拭き、真ん中に座った。
「感化された私も、イジメを見かけると、その生徒を注意しました。そして、その次の朝には、校門に押し寄せた大勢のマスコミに囲まれ、やっとのことで職員室へ辿り着きました」
若い女性の先生が、熱いお茶を淹れて回る。
それを一口飲んで、続けた。
「校長室には、何人かの親が押しかけ、校長はただただ頭を床につけて、謝るしか無かった」
「SNSの仕業か。なんて世の中だ」
注意する彼と校長を、無関係の生徒が動画に撮り、投稿サイトに面白半分に載せた。
それは、瞬く間に体罰的行為やパワハラとして拡散し、教師のみならず多くの生徒達まで、学校から追い出したのである。
最初のコメントを投稿しよう!