【4】刃

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〜渋谷区〜 渋谷スクランブルスクエアの45階。 5人の心理療法士と8人のカウンセラーがいる、人気の渋谷マインドクリニック。 渋谷駅直結の47階建ての高層ビルには、沢山の商業施設やオフィスがあり、その内30%の人も通っているのが、メンタルケアの実態である。 「真理さん、お昼行かない?」 先輩カウンセラーの日向(ひなた) 優里(ゆうり)が、いつもの様に声を掛ける。 「ごめんなさい。どうしてもって方がいて、昼に入れちゃったのよ」 「またぁ、真理さん人が良すぎなんだから。分かったわ、じゃあお先に」 葛谷(くずや) 真理(まり) 30歳、独身。 人がいいのも確かだが、人気があるのも事実。 「真理さん、予約の方が見えました」 受付嬢は、交代制で常駐している。 「入ってもらって」 直ぐにノックの音がした。 「はい、どうぞ〜」 ベージュのお洒落なスーツを着た男性。 うつむき加減で、薄いブラウンのサングラス。 サングラスは人前に出る時、良くある防御。 手袋も、強迫性障害等では、潔癖症に似た症状を伴うことがあり、珍しくない。 「山川 (さとし)さん、45歳。お勤めは、中菱産業株式会社。上場企業ですね、羨ましい」 向かい合って座り、黙って周りを見渡す。 しかし… 「立派な仕事場だな。見晴らしもいい」 自分から話し出すことは少ない。 席を立ち、ガラスをコンコンと叩く。 「いい景色でしょ。私も気に入ってるわ。でも本当は、高い所は苦手なんだけどね。聡さんは怖くないの? 」 主導権を取り、患者の意識を自分に向かせる。 カウンセラーでは、欠かせない基本である。 「落ちたら死ぬな」 「えっ?」 「(さとし)じゃなく、(やいば)だ。進藤 刃」 (多重人格?) そう言う厄介な症例も、経験はある。 入って来た時と雰囲気も違う。 念のために、隠しカメラのスイッチを入れた。 後から分析するためである。 「あっちこっちで、お前のポスターを見た。人気がある様で、大したものだ」 「あぁ、あれね。このクリニックの宣伝に、毎年順番に使われてるだけよ」 かなり厄介だと感じた。 「山川聡さんは、どこかへ行ったのかな?」 「山川聡? なるほど…二重人格か。残念だが、そんな奴はいねぇよ」 (多重人格じゃない? いや、隠すことも…) 「座って話すのは、尋問されてるみたいで嫌いでね。先生もこっちへ来て、景色見ながら話そうぜ」 患者の話し易い方法に合わせる。 話をしないと始まらないため、席を立つ。 「いいわ、いいお天気だし」 念のため、少し距離をとる。 「俺は、進藤刃。知らないか?」 患者の名前と顔は、まず忘れはしない。 必死で記憶を辿るが、思い当たらなかった。 「進藤 (みのる)さんのお父さんですか?」 進藤という苗字の患者は、彼1人である。 「いや、進藤 由香の、父親だ」 (進藤…由香?) 聞いたことがある気はした。 「今朝のニュース見てねぇのか?」 「通勤に1時間半かかるから、朝はバタバタで、まだ新聞も見れてないわ」 「お前の手下だった、七尾 瑠璃子が殺された」 (七尾瑠璃子…進藤優香…まさかそんな⁉️) 「動くな❗️」 銃を真理の目の前に突きつける。 「思い出したみたいだな。15年前に、由香が大変お世話になった様で」 葬り去った記憶が、一気に蘇って来る。 同時に、恐怖から冷や汗が滲み出し肌を伝う。 「由香は、全部を日記に残してくれた。お前たちが由香にしたことを全部❗️」 「あ、あれは…ただの遊びで…後悔してるわ。お金や謝罪なら何でもする。だから許して」 「全くどいつもこいつも。由香はそんなもの望んじゃいない。…まずは、パンツを脱げ」 「えっ?」 唐突な要求に一瞬戸惑う。 「早くしろ!しろ、()りはしない」 銃の恐怖には勝てない。 膝上丈のスカートを上にずらし、ストッキングを脱ぎ、震える手で下着も脱いだ。 その隙に、椅子を持って来た刃。 「座れ」 そう言って、座る真理の手から、乱暴にパンティーを掴み取る。 「お願いだから、助けて…何でもするから」 「今更ムダだ」 4つの手錠で両手両足を、椅子の脚に繋いだ。 椅子を引いて、壁と椅子の間に箱を挟んだ。 箱は両面テープで壁に固定してある。 前に立つ刃。 涙と恐怖に満ちた瞳を覗き込む。 「助けて…お願いだから」 その顔に、頭からパンティーを被せた。 綺麗に形まで整える。 「こうやって、遊んでくれたんだよな由香と」 「そんな…」 その時の記憶が鮮明に蘇る。 「背中には爆弾が挟んである。動いて落ちたら…ボン❗️」 「ヒッ!…」 「じゃあ、せいぜい頑張りな」 最後にテープで口を塞ぎ、出て行った。
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