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きっと彼にとっては、プロポーズが成功することなんて、予想できていたはずだ。それでも不安で、仕方がなかったのだろう。あの時の彼の嬉しそうな顔、ありありと目に浮かぶ。
──彼と交際を初めてから、3年目の春のことだった。
それから、私たちは晴れて夫婦になり、目まぐるしいような、穏やかなような、愛すべき日々をともに過ごした。
「ネタバレやめてよ」
この言葉を今まで何度、彼に返してきただろうか。本当に、数え上げればキリがない。
月日が流れ、小さな命を授かった時だって──
「男の子か、女の子かは、まだ分からないんだって」
「女の子だよ」
さらに月日が流れて、小さかった命が、成長し、大人の女性として、一種の幸せを掴もうとしている時だって──
「近いうちにあの子から、大事な話がありそうだ」
「──お父さん、お母さん。あのね。会ってほしい男性がいるの」
いつも先回りして、余計な口を挟み、私の反感を買うのだった。
──それなのに、肝心なことは、何も言ってくれなかったな。
娘が嫁いで、離れていき、家の中はすっかり寂しくなった。それでも、これからは、夫婦二人の時間を大切にするのも悪くはない。そう思った矢先のことだった。彼の様子が、少しおかしくなったのは。
彼は、口数が減り、心ここにあらずといった、暗い表情をしていることが多くなった。それでも、どうしたのか尋ねると、「何でもない」と笑うばかりだった。私は、娘が嫁いだことで、彼も喪失感を味わっているのかと思い、大して気に留めなかった。
彼は、しばらく無気力に過ごしているかと思うと、急に活発的になり、色々なことに凝り始めた。久方ぶりに運動を再開し、ランニングやウォーキングに精を出した。料理をしてみたり、本で読んだ健康法を律儀に実践してみたりと、慌しかった。夫婦二人で旅行や、食事に行くことも多くなった。
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