マッチングアプリの憂鬱

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「とりあえず、注文しよう」 私は加恋の注文を確認してから、店員さんに目配せをする。はい、と彼は返事をしながらこちらへ向かう。 「ブレンドコーヒーとミックスジュースで」 「承知しました」 他の店とは違ってコーヒーに砂糖とミルクは、なんて質問をされることはない。ここの店員さんは、常連客の私がいつもブレンドコーヒーを頼むことも、それをブラックで飲むことも知っているからだ。 「さっきの店員さん、イケメンだね」 加恋が目をぱちくりとさせて言った。 「ああ、言われてみれば」 私は初めて、彼の顔をまじまじと見た。大人びた顔立ちは三十代前半なのかと思わせるが、接客時の笑顔を見ているとまだ二十代かもしれない。スラリと背が高く、どちらかというと塩顔タイプのイケメンだ。彼の周囲はさぞ華やかなことだろう。 「ふーん」 加恋は意味ありげにこちらを見てきた。 「え、いやいや。何も思ってないから」 「それが逆に良い感じなのかなって。イケメン避けセンサーが反応しないイケメンなんて珍しいじゃん」 加恋はケタケタと楽しそうに笑っている。もう、とため息をついた。 「イケメンだからって、店員さんにまで苦手意識持たないでしょ」 それに私が今夢中なのはアプリのレンさんであって、カフェのイケメン店員なんかじゃない。レンさんは、どんな顔で笑うのだろうか。本を読むときは? 真剣な表情は? 怒った顔は? 何も情報がない分、想像が無限大に広がっていく。でも、知りたい。彼のこと、もっと知りたい。 「ねえねえ、顔写真を載せない理由って自信がないとか、恥ずかしいから以外に何かあると思う?」 「いや、だから身元を隠すためでしょ。実はおじさんとかそういうパターンもあるんだからね」 「でも、身元証明出してるはずだからそれはないと思うんだよねぇ」 「じゃあ、本人に聞けばいいじゃない」 さも当たり前かのようにそれを言ってのける妹を、まじまじと見つめた。彼女は真剣な顔で、冗談なんて言っている様子ではない。はあ……。 「貸して。私が書いてあげる」 嫌だよ。私はすぐに答えて、代わりに勢いでメッセージを打ってしまった。 『急な質問ですみません。レンさんが顔写真を載せられていない理由は何かありますか?私は恥ずかしいからです』 打ち終わって、はっとする。 「ああ、今の追いメッセージになっちゃったよ……」 ただでさえ相手を疑うようなメッセージなのに、追いメッセージだなんて。重いと思われたらどうしよう。 「そんなんでいちいち嫌いになんてなるわけないよ」 加恋はあきれたようにそう言った。  注文していたドリンクが届いた後は、加恋によるアプリの鉄則を最後まで聞いた。もう一つが身元証明を出していること、こちらの追加写真を求めてこないこと、会うときには昼間であること、だそうだ。最後の(おきて)以外はきっと大丈夫そうだろう。そう言うと、加恋も安心したように帰っていった。私はもう少しここで本を読んでいくから、とカフェに残ることにした。
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