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『妹さんはガラス職人を目指しているの?』
『はい。祖父の切子グラスをいつまでも眺めている、そんな子でした』
『私の夫も、切子職人として頑張っているの』
『そうでしたの? どちらの工房で』
『小樽なんです』
そんな声すぐさま鮮明に浮かび上がってくるのは、耀平の語り、亡き妻の想いに真実味があったからだ。決裂した夫と妻であっても、耀平は花南の姉の想いに精通しているし、一番の理解者でもあった。やはり夫と妻だったのだ。
潔もそうだ。時々感じていた。『まるで君が俺のところに届けてくれたような女の子だね』。
亡き妻の想いを抱いて生きていた男ふたりの気もちが、いま合致したのだ。
「笑ってください。ありえないことだと。でもそんな会話をしている私の亡き妻と親方の奥様。そうだったらいいなと思わずにはいられなかったんです」
「耀平さん……。いえ、私の脳裏にも、いっぺんに思い浮かびました」
『じゃあ、妹を小樽に修行に行かせちゃおうかしら』
『いいわね。潔さん。きっと娘みたいに大事に育ててくれると思う』
『生意気なところがある妹ですけれど……』
『きっと楽しませてくれるでしょう――』
まだ聞こえてくる。彼女たちの声が。
「いろいろありましたが。亡き妻は、私に、花南を任せてくれたと思っています。亡き妻に『妹を頼む、立派な職人にしてくれ。それは私の夢だから。心残りだから。耀平さんにしか頼めない』。職人を支えたい、工芸を守りたい。そんな想いで通じていたところは、壊れた夫妻であっても、切れずに残ったものといまは感じています」
ここでまた潔は、夫妻の姿は様々であることを知る。
紆余曲折を辿って、ひとりの男とひとりの女のでこぼこした違和感を、二人で噛み砕いてまあるくしていく。
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