2270人が本棚に入れています
本棚に追加
吹き竿を持って工房に戻ると、島崎君の指導にヒロが付き添ってくれていた。
「ごめん。ヒロ。航の先生が急に来たから……」
「島崎、球体の形をよくみろ。どれも同じになるように。創作と製品の違いはそこだ」
「わかりました」
こちらも、入る隙がなくなっていた。小さな水鉢は山中湖でもよくつくっていた。毬藻用に。それを夏の小物として緑を生けたり花びらを浮かべたりなど、いろいろな用途で売れるのではと作ることになった。
ヒロはカナが造った水鉢を見ると、すぐに彼も同じように作成してくれた。そこが相棒。カナの製品をすぐさまコピーして、まったく違わぬものを造ってくれる。
指導もカナに代わってすることもできるし、むしろ、親方で製品としてものをつくるなら彼の方が上、指導もお手のものだった。
「行ってこいよ、カナ」
後輩の拙い手元を見据えたまま、ヒロの声だけが届いた。
「三者面談デビューで焦っていたおまえ。けっこう見物だったな」
ヒロがやっとカナを見て笑った。
「う、うるさいなあ。高校の、しかも受験生の三者面談だよ。このまだまだ新人ママのわたしがだよ」
「それでも。母親の気持ちで行ったんだろ。先生とお父さんがなにを話すのか、兄さんがなにを考えて先生と話すのか知りたいんだろう。行ってこいよ」
「でも……」
「面倒くせえ女にまたなりたいのかよ。行ってこいよ、素直に」
親友でもある彼に押され、カナは吹き竿を手放し本宅へと向かう。
裏口から戻り、リビングをそっと覗くと、いつものソファーで先生と兄さんが向きあっている。耀平兄さんの隣には航もいた。
そこでカナは思わぬことを聞いてしまう。
「航の望む大学を志望校と定めようと決めました」
覗いていたドアのそこで、カナは目を丸くする。どういう心境の変化で? 耀平兄が望んでいた大学は去年から一貫して航に薦めてきたものだった。それをここにきて折れたのは何故?
「わかりました。じゃあ、航君もそれでいいね」
「はい、先生」
最初のコメントを投稿しよう!