【5】凜と咲く(耀平視点)

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 今年の『ショコラ獲得戦場』は北国。  耀平はいま、真っ白に染まった運河の街『小樽』にいる。  今年のバレンタインのスイーツ視察は北国に決定。  その前に――、仕事だ。  観光で賑やかな運河から遠ざかり、静かな町の道をゆく。  懐かしいその道には、少しだけ苦い思い出も、甘やかな熱も思い出す。  運悪く、この日は風と小雪が舞う日で、耀平は着てきた黒いダウンコートの襟元を閉じ、妻が用意してくれた大袈裟な分厚いマフラーの中へと顔を半分うずめて歩く。 「大袈裟ではなかった。助かった、カナ」  こんな分厚いマフラー、もたつくし荷物になるし、山口では暑いし、飛行機の中でも邪魔で快速エアポートの中でも暑苦しくて持てあましていたのに。 なに言っているの、兄さん。いまの北海道が一番寒いんだからね。 小樽は海風もあるし、札幌より雪が積もるんだからね! 風の日なんか積もった地面の雪が吹き上がって、地面から吹雪きになるんだからね。 そんな日にあたったらどうするのよ。百メートルも歩けないからね!  正解だった。北国で三年過ごした妻の言うことが正解だった。  耀平は吹きすさぶ風に向かいながらも、持てあましていたマフラーがこんなにもぬくもりを保護し、風を防いでくれるなんてと、持たせてくれたカナに感謝しているところ。  目指すは、カナが修行をしていたガラス工房。  久しぶりに、カナの師匠であった親方と直接会う約束になっている。  工房の商品を直に手に取り、眺め、ホテルの食器として仕入れる品定めの出張に来ていた。  その工房が見えてきた。  懐かしいな。わけもわからず実家を出て行ってしまったカナが初めて独り立ちをした職場。そして職人としての基礎を叩き込んだ工房。
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