2269人が本棚に入れています
本棚に追加
そうして『新しい道をみつける』、最悪の事態から一生懸命ひとりで回避していた。そんな痛々しい女心を感じます。
倉重副社長は元はお姉様の旦那様、忘れ形見の息子さんを育てていかなくてはならない。彼女にとっては甥っ子。自分の好きをぶつけて我が侭なんて言えない。それなら遠い小樽に来てしまえば、そんな恋心はもうお義兄様にはぶつけなくて済む、遠い北国でひとりいきていく。ガラスと一緒に……。
長男さんと別れた後、ガラスに没頭した彼女のすべてがそこに研ぎ澄まされていました。望んで手にしてはならないものすべてが、そこに注がれる。
そう感じます。倉重副社長と花南さんが結婚したとお聞きして、あの時わからなかったことが、おなじ女としてどこか花南さんを見てひっかかっていたことが、いまはありありと――」
その時、耀平がもっていたワイングラスがカウンターの上に倒れていた。白ワインがぶわっとこぼれ広がっていく。
「ああっ、も、申し訳ありません」
うっかりグラスを倒してしまっていた。
「まあ、大将、拭くものを」
大澤女史が席を立ったが、寿司店の職人がすぐに厨房から出てきて拭いてくれる。
「大澤さん、申し訳ありません。お召し物は濡れませんでしたか」
「いえ、わたくしは大丈夫です。倉重さんも大丈夫ですか」
ワイシャツの袖口が少し濡れたぐらいだった。カウンターも綺麗になり、改めてグラスに白ワインが注がれる。でも耀平はもうそれを手に取ることが出来ない。しかも額を抱え、うなだれてしまっていた。そう、大澤女史が聞かせてくれた『女心』の話に耀平はショックを受けていたから……。
目の前にホッキ貝の握りが出てきたがつまめずにいる。大澤女史もその心情をすぐに察してくれた。
最初のコメントを投稿しよう!