【5】凜と咲く(耀平視点)

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「申し訳ありません。どれだけ花南さんが小樽でたったひとり、貴方を想っていたかをお伝えしたかっただけですのに。あの頃から愛されていたと知って欲しくて。私の勝手でしたわね」 「いいえ。あの時、どうしてあの青年と付き合うことを望んだのか。釈然としないものが『男として』あったものですから。義妹は男に好き勝手にされるような下手はしないほうなんです」 「でしょうね。私の夫を見事にあしらったぐらいですから」 「義妹が望まない限り、ほだされもしない……。ただ、そこに心があってもなくても望めば彼女は手に入れてしまうんです」  だから。あの時、どうしてあんな恋に疎かった青年に身体を明け渡したのか、招き入れたのか。どこに惹かれたのか。それがいまでも口惜しく思うことがあった。あれが耀平の男の気持ちの発端だっただけに。  大澤女史もワイングラスを置いて、ふと溜め息をついた。 「私もそうですが、想い合っていれば、心も身体も愛しあえるわけでもありません。まだお互いの想いも通じあっていない時に花南さんの選んだことですから、忘れてさしあげるか、受け入れてあげるか、そのようにしませんと――。お姉様が奥様だったことを彼女はなにも疎ましく思っていないように」 「私がいま、悔いているのは。彼女をひとりにしてしまったことです。私が婿養子としてあの家にいられるように。亡き姉の忘れ形見である甥っ子が跡を継げるように。跡取り娘の血筋がある自分が出て行けばいいと……。そして、帰ってこないために、そして、自分が自分であるために、愛さなくてもいい男を……受け入れるような場所にいさせたことです」  でも大澤女史は呆れたようにしてふと微笑むだけ。 「それを経て、いまがあると思いませんか」
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