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わかっている。お互いにそれぞれの経験と異性との遍歴があってやっと結婚できたのだと。ただ、どうしてもっともっともっと早く。カナの気持ちに気がついてやれなかったのか。自分の気持ちだけぶつけてしまっていたのか。戻れない過去の、情けない義兄だった姿をありありと思い出してしまい居たたまれない気持ちになっているだけだ。
「申し訳ありません。取り乱しまして……。いただきます」
やっと握りを頬張ることができた。
「うん、旨いです」
やっと落ち着いた耀平を見て、大澤女史がくすくすと笑っている。
「しっかりされた副社長さんが、男性が、そうして崩れてしまうお顔も意外と素敵でしたわね」
からかっているのかと思ったが、大澤女史も思うことがあるのか、今度は彼女が遠い目でワイングラスを煽っている。
彼女にも遠く想う女心があるらしい。
「花南さんに会いたくなってしまいました。今度は一緒に来てくださいね」
きっと来ます――と応える。
「先ほどのお話、聞けて良かったです。わからなかったことが、すとんと腑に落ちました」
ひとりにしてしまったが故に。自分の方が大人の男だったのに。カナに守られていた。そしてひとりになる決意をしていたカナは、その場をやり過ごすような望まぬ恋をしていたのかもしれない。でも、想われていた。だからカナはあの青年と別れた後は、耀平と航を遠くで見守りガラスに徹していきるようになっていた。
その時に必死に習得したことが、いま、彼女の手元で花開く。
北海の幸に舌鼓を打ちつつ、大澤女史とその後は商談めいた会話だけになった。
『ご馳走様でした』と彼女と別れる。小雪がちらつく小樽の路地を歩いて、一人でホテルを目指す。
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