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こちらもうっかり甘い沼に落とされたことに我に返り、照れ隠しにいつもの意地悪いことを言い放っていた。
「もう、知らない。ほんっと嫌い、やっぱり兄さんなんか嫌い」
いつもの文句も、いまとなってはそれも愛情と思えてしまうお義兄さんで夫になってしまい、耀平はそこであははと笑っていた。
いや、でも。すごい強烈なものを見た気がして、正気になった途端、どっと気力を吸い取られたような疲れが襲ってくる。やはり義妹の花の匂いは強烈かもしれない。
やっとコートを脱いで、ジャケットも脱いで、カナが首元を緩めてくれたからそのままにして、ダイニングの椅子に座り込んだ。
「お疲れ様。小樽は寒かったでしょう」
「ああ、地吹雪にあったよ。凄まじかった」
そこでカナがキッチンへと向かっていく。冷蔵庫を開けて、帰ってきた夫にとなにかの準備を始めてくれていた。
「甘いもの食べたくない?」
「夕飯前だしなあ」
「あのね、わたしね、またチャレンジしてみたの」
チャレンジ? そこで耀平はダイニングテーブルの上でカナがなにかを造っていたことに気がつく。薄いガラスで作った赤いハートが置いてある。
そしてハッとする。座っている目の前に白いケーキ皿が置かれた。そこにはしっとりふんわりとしたティラミスが。
「バレンタインのか? どこで買ってきたんだ」
耀平が北国にいる間に、バレンタイン当日は過ぎてしまっていた。だから夫が帰ってからのプレゼントなのだろうかと。
だがカナがキッチンから小さな銀のトングを持ってくると、皿の上に置いていた赤いガラスのハートをつまんだ。
「なにいってんの。ケーキもガラスもわたしのお手製」
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