①思い出の花嫁衣装

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 これも会長職になって父が急に始めたことだった。  もちろん。親しい知人との交流を兼ねたものとしてではあるが、父はまだまだビジネスの狙いも忘れていない。  就任したばかりの婿養子の新任社長の足下が盤石になるまでは、自分のいままでの顔をどんどん利用して『倉重はここにあり』と言わしめるため、権威を保つための『ご招待会』をしているのだ。  そこで、引き継いだばかりの息子の顔を売りに売っておく。  自分の人脈を少しずつ婿へと繋げる。  年寄りが年寄りとしてできる方法で始めたことだった。  そして今夜。倉重の傘下にある湯田温泉の料亭旅館にて、知人を招き、誕生日会をする。    さらに今夜、倉重家はさらにひとつ前へと駒を進める。  二十五歳になる航が、大学卒業後に下積みをしてきた旅行会社を退職し、ついに倉重の仕事へと就くことになった。  父親である耀平も心決めていた。その時に、まず、ガラス工房を航に任せることにすると。花南も賛成している。  つまり。今夜、航が倉重の役員となるお披露目でもあるのだ。  倉重ガラス工房の若社長として。今夜、お祖父ちゃんのお誕生日会にて、たくさんの知り合いに紹介される日でもあるのだ。  先ほどまで、夫の耀平と不埒な会話をしていたおかげなのか、カナも幾分か緊張がとけていた。  そう。カナも息子の新たな門出に付き添う母親でご挨拶をする日というわけだった。  和装用のハンドバッグに小物を詰め終え、支度ができあがったころ。ベッドルームのドアがあいた。 「お母さん、お父さん、まだ?」  娘の千花だった。  彼女も今日は、カナが選んであげた黒のワンピースを着ている。  長い黒髪もカナが結って、かわいいリボンを結んであげたから、千花もご機嫌だった。
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