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なに。その言い方。カナは顔をしかめたが、夫が言わんとしていることがわかるだけに、そのまま聞き流した。
ママみたいな気難しい天邪鬼で、男を喰うような大胆なことを仕掛ける女になっちゃうのかな――という、父親としても男としても案じたのだなと通じてしまったものだから。
そしてカナも『わたしみたいな女にはなっちゃだめ』とか、けっこう真剣に思っていたりする。
柔和で穏やかな女性として生きて欲しい。そう願っているのは、夫の耀平と一緒だと断言できる。
「準備できたのかよ。呼びに行った者が、このベッドルームから帰ってこないのはどういうことなのか」
再度、ベッドルームのドアがあき、そこから眼鏡をかけた青年が現れる。
父親とおなじ黒のスーツをきっちりと着込んだ航だった。
お父さんに負けず劣らず、上質なスーツを着るようになり、ますます大人の男へと成長している。
そして。カナはそう思うとき、少し泣きたい気持ちになる。
もう、そっくりだった。金子のお義兄さんに……。
眼鏡をかけたクレバーな面差しに、クールな佇まい。耀平と並ぶと、ほんとうに父子なのかと感じる者も多いだろうし、それでも祖父でカナの父親である雅晴と並ぶと、それはそれでまた『遺伝だな』と思える顔つきを感じさせる。
だから人は隔世遺伝――と思ってくれているようだった。
だが。そうではなくなっていた。
航はもう……。知っているから。
でも……。カナは濡れそうになった目元をそっと押さえ、背筋を伸ばし顔を上げる。
「申し訳ありませんね。支度が遅いわたしのせいで、皆さんがここに集まるようになっちゃって」
お父さんが呼びに来たはずなのに、妻から離れず。
娘が呼びに来たはずなのに、パパとママから離れず。
最後に長男のお兄ちゃんが呼びに来る。
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