①思い出の花嫁衣装

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 クールな顔つきで大人の落ち着きを備えた男になったのに、航もこんな時は妹と一緒にケラケラを笑いだす。 「ほんっと千花の言うとおりだよ。俺なんか、子供の時から『お兄さん』と『カナ』だったしね。なーんも変わんないね。社長さんになっても、社長夫人さんになっても」  そんな甥っ子に、カナも言い返してやるのだ。 「航こそ。今日はしっかり挨拶しなさいよ。倉重ガラス工房の社長を引き継ぐんだから」 「はーい。カナちゃんほど、俺、がっちがちに緊張しないよ。カナちゃんはガラス以外だと、めちゃくちゃ緊張しいだもんね。俺、知ってるよ。三者面談の時とかさあ」 「もう~、何年前の話よっ。ちゃんとお母さんしますからっ」  結局――。カナという妻、母、叔母(継母)を中心に、家族が楽しそうに笑い声を立てる。  それならそれでいいの。  外では厳つい社長さんでも、外では懸命に倉重の跡取り息子としてクールに構えている若社長さんも。ここでは素顔で笑ってくれていたらいいの。  そして、これから花咲くだろう娘……。のびのびと大事に育てて、でも、しなやかに折れない花にしたい。  カナという女性の願い。夢がここにある。 ✿ ✿ ✿  父、雅晴の誕生日会は、自社が経営する湯田温泉の料亭旅館で開かれた。  毎回のこと、父がホール壇上でマイクを持って挨拶をする。  会長となっても、ますます威厳ある王者の風格をもつ父が、スーツ姿で招待客に、それでも笑顔で明るい挨拶をする。 「本日は、この会を機会に、皆様にご報告があります」  父、雅晴がその言葉を発すると、壇上に夫の耀平と息子の航が上がっていく。  父の隣に、婿養子の息子と、孫が並んだ。
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