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女将もいまはお祖母ちゃまの気持ちになっているのか、うっかりしていたと口をつぐんだが、また涙を流している。
「金子の女将さん。来てくださったんですね。お待ちしておりました!」
そこへ、航が溌剌とした様子で入ってきたから、しんみりとしていたカナと女将と三男さんはそろってドッキリと驚きの顔を揃えている。
「まあ、航さん。今日はお招き、ありがとうございます。倉重ガラス工房の社長ご就任、おめでとうございます。いつもそちらのお品を使わせていただいているだけの私までご招待くださってお礼申し上げます」
女将が顧客として楚々と着物姿で一礼をした。
ほんとうは航とは血縁である叔父のはずの弦もそっと頭を下げてくれる。
「そんな。これからは俺の、えーっと、私のガラス工房になりますから、今後もご贔屓をお願いいたします。女将さん」
気張らない、いつもの航らしい素がでている愛嬌ある挨拶だったため、やっと女将が楽しそうな微笑みを浮かべてくれた。
「女将さん、いえ、お祖母様。あちらに和菓子がたくさんあるんですよ。俺とお抹茶を持って、そこの庭で月見でもしながら食べませんか」
「え、わたくしなど……」
「今日はお祖母ちゃんが来たら一緒にそうしようと思って、厨房の料理人さんたちに和菓子をいっぱいリクエストしちゃったの俺です」
凜々しいスーツ姿の、クレバーでクールな眼鏡の青年だったのに。
お祖母様の目の前では、初めて会ったときのままの少年のような航に戻っている。
そこはきっと。彼の父親であった忍とは違う雰囲気ではあった。
それでも金子の女将はまた泣きそうになって顔を伏せている。
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