③母親の意地

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 先輩も少し歳を取ったなと思ったカナだったが、出会ったときよりも風格がでてきたなと、今日の兄弟子を見上げた。  彼も着物姿のカナを見下ろし、静かに微笑んでいる。 「立派な奥様になっちゃったな。ま、最初に出会ったときもさ、雰囲気のある女だったけど。当時も山口に帰ろうとした時の花南の姿は、やっぱりお嬢様だったもんな」 「ええ。仕方がないんですよ。そういう家に生まれまして。そうでなければ、勝俣さんがご存じの質素な女でぜんぜん構わない生活をしていたはずなんです」 「あれもあれで、すごかったよな。携帯もっていない、テレビもっていない、パソコンもインターネットもなし。修道女みたいな生活していたもんな」 「テレビはありましたよっ。小さかったけれど。暖房が第一でしたので」  でも。修道女みたいな生活――と初めて言われ。確かにあの日々は、懺悔をする修道女みたいではあったと振り返ったりした。 「それで。なんだよ」 「あ、ええ。その、航が申し出ていることです」 「ああ、うちの山中湖の芹沢工房を援助してくれるってヤツ?」 「生意気で申し訳ありません。ですけれど、本当のことではありませんか。常にギリギリでされていますよね」  勝俣先輩がため息をついた。 「そうだな。カナがいたころの職人が一人二人と辞めて、いまは俺と親方、そして新しく修行に来た二十代の駆け出しだな」 「親方がおひとりで、ずっと維持してきたことはわかっています。ですが、もし、もし、ほんとうに必要な時には……勝俣さんから説いてくださいませんか」
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