③母親の意地

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「最初の瑠璃空を割り砕いた時、おまえが、俺と親方にだけ、本当のことを伝えてくれたからだよ。そうは口にできないことを、俺と親方に。おまえが帰った後、親方と話していたよ。三年後か五年後、あるいは十年後かもしれない。航が山口から逃げたくなった時の帰る場所にしておこうと、覚悟を決めていたよ」  また。カナの目に涙が浮かぶ。  どれだけの人々が自分を家族を助けてくれていたことか。 「ほんとうに。当時、親方に、ひとりでいきていこうとしている時点で大人ではないと言われたことを思い出します。もっと人を頼っていたら……、姉も……忍兄さんも……」 「もう、言うな。花南。めでたい席なんだから」  後悔しても、もう取り返すことはできない。  それこそ航が言ったとおりに、過去に何があっても、これからを真っ直ぐ前を見て行こう……。  離れた場所ではあったが、青もみじが夜風にさざめく葉の向こうには、もう楽しそうにお抹茶を楽しんでいる航と女将と芹沢親方の姿が見える。  もう三人揃って笑い声を立てていた。  その光景を、勝俣先輩と遠く微笑ましく眺めていた。  パーティはそのまま賑やかに過ぎていく。  誰もが笑顔で、そして幸せそうにしている。  だが。それでもどうにもならないことはあった。  金子の女将が招待され、航の門出を見届けてもらい、一時のお祖母様と孫が過ごす時間は許されたが。  それでも。倉重の母と、仙崎の宮本の義母は、決して、金子の女将に挨拶などに近づくことはなかった。  それは最初から話されていたことで、そこまでが母たちが譲れることだったのだ。  金子の女将も立場を心得ていたが、航の願いでもあったため、母たちは素知らぬふりをして我慢をしてくれたのだった。
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