④螢川

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④螢川

 お祖父ちゃんの華やかなお誕生日会がお開きになり、三代目耀平さん一家は、帰りのタクシーで一の坂川で降ろしてもらい、そこから歩いて帰る。  もうすぐ『ほたる祭り』。川沿いには少しずつ、美しい翡翠の玉のような光が飛び始めていた。 「わあ、ほたる。もう飛んでいるね」  家族四人で歩いていると、娘の千花が子供らしくほたるを追いかけ始めた。  カナも、夫と航と一緒に、その美しい玉の光を目で追い見つめる。  古い石橋を渡るときに、カナはそこで立ち止まる。  一の坂川は緑と優しいせせらぎに包まれている。橋からむこうまでを見渡すと、翡翠の光がすうっと幾つも飛び交っていた。 「古くて小さな川だけれど、やっぱりこのままでいいわね、ここは」 「そうだな。変わらなくてもいいものはある。この街にはそうして敢えて変えなかったものがたくさんあるな。変えていたらこの蛍もいなくなっていただろう」  隣に寄り添ってくれた夫が一緒にその光を見つめてくれる。  そして夫の隣に並んだ航も。 「ちょっと感傷的かもしれないけれど。蛍って、亡くなった人の化身とかいうだろ。いるのかな、ここに」  航が言いたいことがなにかわかったカナも耀平も驚き、言葉を失っていた。  それでも航はやめなかった。 「いまさら、来られてもね。父さんとカナちゃんに謝って欲しい」 「いや、航――それは、」    耀平が育ててきた父親として、その気持ちをなだめようと言葉を挟もうとしたのだが。
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