④螢川

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「わかってる。お母さんは俺を死ぬまで愛して育ててくれていたし、金子の父は倉重のために死んだってね。だから、なんだよ。父さんがどれだけ傷ついて、カナちゃんが秘密を背負って苦しんで、俺と父さんが倉重の家にいられるようにと、ひとりで出て行っちゃったり、父さんと破局することになって――。その間、子供だった俺の揺れる気持ちは、普通の子供が味わわなくていいものでもあった」  カナも言葉を挟もうとした。そんな勝手に死んでいった両親を憎んで、航は大学生時代の一時、山中湖へと飛び出していったのだ。  そんな憎む気持ちでこれからも生きて欲しくない。そうカナはいまでも願っている。  でも。そんな耀平とカナの心配は杞憂で終わる。 「だからこそ。俺は、傷つきながらも俺を守ってくれたふたりのこと、耀平父さんと花南お母さんのことを、俺の本当の両親だと思っているよ。特に父さん。ありがとう」  義兄の目に、涙が光ったのを花南は見てしまった。  そしてそんな義兄がそっと顔を背けて、父親として涙は見せまいと意地を張ったのもわかった。 「これからも、そんな父さんと母さんのために、無駄な憎しみで時間を費やしたりしない。はやく倉重を支える跡取りになるよ。父さんと母さんと千花を守れるようにいきていく」  それが航が選んだ『いきていく』なんだと、花南も知る。  大人たちが橋の上に立ち止まったまま、しんみりとして様子がおかしいことに気がついた千花が、ほたるを追いかけるのをやめて戻って来た。 「どうしたの? ……お父さん? 泣いているの」  娘にも泣いた顔は見せたくないようで、夫の耀平が懸命に顔を伏せているのに、娘が訝しそうに何度も下から覗き込むので困っているようだった。
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