④螢川

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 カナはさらに涙を流した。 「うん。だから、泣かせて。ここで」 「そばに、いてもいいか」  カナも頷く。  カナの削ぎ落としの時間に、一緒に寄り添ってくれる。 「いつか、言ったわよね。姉さんをガラスにすると」 「言ったな。千花がお腹にいるとわかったころだったか……」 「ちっともできなかった。だよね、わだかまり、いっぱいあったもの」  涙が止まってきた花南を、耀平がそっと抱き寄せてくれる。  その胸元に花南も躊躇わずに頬を寄せ、寄りかかった。 「もう、ないよ。なにもない」 「俺もだ。なにもない。あるのは、花南と航と千花だ」  おなじだったこの人も。  夫と一緒に花南は、ほたるの光のなか、静かな古都の夜空の下で、そっと削ぎ落とし、それまでを手放した。 ✿ ✿ ✿  翌朝。工場用の職人エプロンの紐をきっちりと結び、カナは炎に向かう。  工房へ行くと、既に夫の耀平とヒロ、そして新社長になった航の三人が向き合って話しているところだった。  今日からカナが創作をすることを相談しているのだろう。  そしてカナは待っている。その人が来るのを――。  工房の始業時間が過ぎてしばらく、その人が緑の匂いがする風とともに現れた。 「昨夜はお疲れ様でした」 「お邪魔いたしますー」  芹沢親方と勝俣先輩だった。  山口に来たついでに、航が引き継いだガラス工房にも挨拶にくる予定だったのだ。  ふたりはそれを終えたら、新幹線で山中湖まで帰るので、既に旅支度で来ている。  それでも、カナは親方の目の前へと向かう。 「おはようございます。芹沢親方」 「おう……」  気がついた。師匠はカナの顔が、いつかの顔とおなじだとすぐに気がついた顔をした。
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