④螢川

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「お願いがあります。わたしの、相棒をしてくれませんか」  気がついただろうに。それでも芹沢親方が驚いた顔をする。  勝俣先輩も唖然としていた。  なのに、親方はすぐに笑ってくれたのだ。 「おう。いいぞ。いまからなのか」 「はい。図案から見てください」  その親方が工房の奥へと目線を馳せ、誰かを探していた。  その向こうで控えていた作務衣姿のヒロと、一緒にいる夫と航も、揃って頭を下げている。  カナの創作につきあってください――という心積もりを、管理する親方と経営する社長たちは整えてくれたようだった。 「あとのことは、徳永と夫と、航……いえ、新社長が整えてくれます。お帰りのところ申し訳ありません……。もうしばらく滞在、大丈夫でしょうか」 「心配するな。いましかないだろ。勝俣いいな。俺はここに残る」 「え、先に帰れということですか。嫌ですよ。カナと親方が初めて組むんですよ。俺、見たいですから」  夫とヒロのところで、そこから後はどうするか勝俣先輩が話し合ってくれることになった。  航は就任するなり、いきなり予定外の行動をするカナに戸惑っている顔を、遠くに見せている。  でも近づいてこない。新社長として、この工房からいつなにが生まれるのか。それがこのように突然であっても、肝を据えて待ち構える様子を見せてくれている。  カナと芹沢親方は、初夏の風の中、向き合う。 「他のことは気にするな。集中しよう」 「はい。お願いいたします」  カリヨンの鐘が鳴った。  親方が緑の丘へと振りかえる。 「いい音だ」  いつになく穏和な笑みを見せてくれていた。 ✿ ✿ ✿  工房の空気がすこしざわついている。  カナと親方は、図案を確認し、手法と手順を決める。
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