④螢川

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「螢川――と呼ぼうと思っています」 「うん。いいな。飛ばして、おまえの中から追い出して、手放すのだな」 「はい」  やはり師匠、なにもかもが通じていた。  カリヨンの鐘がまたひとつ鳴る。  初夏の風が吹いてきても、工房の熱気が陽炎となって追い出していく。  花南は吹き竿を握る。溶解炉へ、最初のひと巻き、ガラスを巻き取る。 「いきます」 「よっしゃ」  師匠、親方とともに、時間との真剣勝負に挑む。  溶けるガラスを思い描くものとして造り出す。  心のなかにある、なにもかも、そこにある人の理のすべてから、純真な核を、竿の先に呼び出す。  師匠とは確認も言葉もなくとも、流れるような作業を営んでいる。  男と女にはなれなかったが、ここだけは、花南と芹沢という男性との心通う場所だった。  それを遠くから夫が身動きもせずに見守っていることも花南はわかっている。  航もじっと、父親と一緒に見守ってくれている。引き継いだ工房から生まれ出る作品を、今度は息子が見定めていくのだから。  さよなら、お姉さん。忍お兄さん。  ガラスの中にどこかへと飛んで消えていく蛍。流水の向こうへ。  正午のカリヨンの鐘、アヴェマリアが聞こえてくる。  ✿  ✿  ✿    翌年、カナの『螢川』はガラス工芸展覧会にて金賞を受賞する。  若い新社長となった工房主、息子の航と一緒に、授賞式へ出席した。  カナは、これからも、ガラスの向こうの理を見つめていく。  創るたびに、花南の夢の花が、咲いていく。  いつまでも、その花を咲かせたいと思う。 ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼    ありがとうございます ✼••┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈••✼ 2020年 これで最後と思いながら綴ったファイナル編でした ですが2023年コミカライズが配信されることとなりまして、記念として新たな番外編をお届けします。 小樽発 遠藤親方視点 『透き通る理(ことわり)』 遠藤親方がいる大澤ガラス工房で、大澤家のその後を。 そして遠藤親方、はじめて自らカナに会いに山口へ赴きます。 最後、親方が決意したこと。それを聞いたカナは…… おたのしみに❄⛄❄
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