①娘のような

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 その時の潔はというと……。『俺の審美眼は間違っていなかった』という安堵と優越感だった。亡くした娘と姿を重ねていた女性職人だったため、口にも顔にも出さないが、思い入れがある職人だからこそ。まるで自分の分身のように喜ばしいことこのうえない瞬間を味わわせてもらった。  だが、しばらくして潔は、兄弟子たちとおなじ空虚を味わうことになった。 『だったら、師匠の自分は、これからの彼女になにを教えてあげられるのだろうか。残してやれるのだろうか。どんな姿を見せればいいのか』  気もちではまだまだ、花南のことは『自分より未熟』という位置づけで、たとえ銀賞を一度受賞しても、親方で師匠である潔にとっては『越えられた』という気もちは持ち合わせていなかった。  しかし、それでも何十歩も近づいてきたという恐れは一瞬抱いた。  それは職人で弟子を持つものならば、誰もがいつかは抱くもの。そう思い、自然な気もち、たいしたことはないといつのまにか、その空虚も消えてしまっていたのだ。  そしてまた潔は『立派な師匠であろう』と自分の技巧にも手を抜かずに過ごしてきた。  だが、最近。切子を失敗することが増えた。  それぐらい――と弟子たちは見逃そうとするが、潔には『嘘はつかない』という自分なりの誓いがあるので、譲れない。多少の歪みでも、納得出来なければそれは失敗作で偽りと見なして破棄する。残しはしない。  妻に誓っているから。  そして妻と育てていこうとした子供。それは弟子となり、密かに抱いた父心は、若い職人たちに向けてきた。だかそのなかでも、最初に父心を感じさせてもらえたのは、『倉重花南』でもあった。
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