①娘のような

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 妻のお腹の中で胎児のまま共に逝ってしまった娘。生きていたら、これぐらいの年齢だろうという時に現れた『訳ありの女性職人』。  感性が鋭く、自分の創作には堂々と胸を張って、学生時代の奇妙な創作も恥ずかしげもなく提示する度胸――。こんな娘がそばにいたら毎日が楽しかっただろう。そう思わせてくれる女の子だったのだ。  その彼女がまた実家の複雑な事情にもがいて乗り越えて、自ら芸術の世界を切り開いていった。  そして最後に、許された者だけが開けられる扉を開けたのだった。  その扉を、師匠の潔はまだ開けていない。  自分には行かなくてもよい場所だと思っていたからだ。  必要ないと思っていたから、弟子がひとりそこへ辿り着いても、潔は『このままで』いられた。 ――まただ。  得意な商品は、無色透明の切子食器。  スタンダードなグラスに、グラインダーで切り込みをいれていたところ、模様が歪むほどの方向へと手を滑らせた。  ため息を吐いて、そのグラスの制作を止め、廃棄ボックスがある作業台まで。そこにある金槌を手に取り振り上げる。  工場(こうば)に『ガシャン』という甲高い音が響いた。その音に振り返った男がいる。 「親方……」  一番弟子の富樫(とがし)が吹き竿片手に近づいてきた。  一番弟子といいながら、彼は潔にとっては長年の相棒でもある。いちばん最初に就職した小樽老舗ガラス工房での後輩、初めて指導についた若い職人だった。つまり『初めての教え子』ということになる。  潔が『大澤ガラス工房』立ち上げで親方を任されることになった時に、『一緒にどうだ』とスカウトした職人だった。以後、この大澤ガラスで共に経営を担ってきた。  その男が、最近、潔の変化に気がつき始めているのだ。
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