①娘のような

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 だが潔はいつもの笑みをいつもどおりに富樫へと向ける。 「また目が疲れちゃったみたいだな」 「休憩を挟んだほうがよろしいですよ。まあ、自分も最近は歳を感じますけどね」  富樫はまだ還暦前で、潔より若い。しかしもう、潔同様の揺るがない技巧を身につけたベテラン職人である。共に若い者に制作を譲る方法を考え実行するようになってきた。  それでも『技巧』だけは、どうにも若い者は自分たちベテランには勝てない。それは職人の自負でもあって、存在意義を保つプライドでもある。  でも体力や老化には勝てない……。老いだけは、どうしても。  最近の潔は、『割る数が増えてきた』のだ。  自分が許せない品質のものが増えている、生み出している。そういうことだ。だから富樫が、ガラスを割り砕く音を耳にするたびに案じる様相になる。 「温かい茶でも飲んでくるよ」 「そうしたほうがよろしいですね。工場は俺が監督しておきますから」  次期親方候補と言われるようになった富樫だから、潔は安心して任せ、工場をあとにした。  事務室にて、事務をしている年配女性に声をかけ、一緒に温かい焙じ茶を入れて休憩をする。  いつもの応接用ソファーに向き合って座る。  こちらの女性も長く勤めてくれている。元は大澤倉庫の事務員だったらしいが、オーナーとなった大澤家のお嫁さん、大澤杏里が選んで連れてきた事務員だった。杏里から絶大なる信頼をおかれていただけあって、大澤ガラス工房の経理や庶務など、ひとりでテキパキとこなしてくれ潔も助かっている。  工房が立ち上がったころは、彼女も子育て奮闘中の中年女性だったが、こちらも子供が巣立ち、穏やかな第二の人生を謳歌しているお年頃になっている。
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