②臆病な男

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 この事務の女性は知らない。長く一緒に居るけれど、そこまで話したことはない。ただ『工房を守ることひと筋の親方さん。工房を留守にしたがらない』ぐらいのことだと思っている。 「仕方ありませんね。お弟子さんたちもわかっているでしょうけれど――。でも私はカナちゃんの螢川、目の前で見てみたいわ~。カナちゃんにも会いたいし、カナちゃんご実家のリゾートホテルにまた行きたいな~」  昔のよしみで事務の彼女も、『倉重リゾートホテル』まで家族旅行で出向いたことがある。オーナーである大澤杏里が夫の樹と結婚記念日旅行で訪れ、『素晴らしかった。また絶対に行く』と大絶賛した姿を目の当たりにして、事務の彼女も山陰に興味を持った。  オーナー夫妻に紹介をしてもらって山陰の旅にて、カナのところまで。カナも懐かしい事務のおば様がわざわざ会いに来てくれて大感激で迎えてくれ、大澤夫妻同様にカナと耀平の社長夫妻自ら、至れり尽くせりのおもてなしを受けたのだとか。 「ホールに展示されている『瑠璃空』も素晴らしかったですよ。親方も一度は、あちらのホテルに行かれては? 色彩が素晴らしく、ああカナちゃんはここで感性を育んだのねと、感銘したほどの絶景なんですよ。もう別世界」  うっとりと思い出している彼女の顔。  でも潔は羨ましいとも行ってみたい見てみたいとも、『まだ』思わない。  カナの感性をビリビリと感じたあの歳月で充分。この工房で働いていた時、弟子だったときに存分に感じていた。  いや……。履歴書を見た時から、予感はあったかな……? 学生時代の尖った作品を堂々と名刺代わりとばかりに小樽に送りつけてきたあの時から……。あの度胸、気の強いご令嬢ちゃんとも知らなかったから、余計に気になったものだった。
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