②臆病な男

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 あの時のことを思い出すと、潔の口の端は笑みで緩んでしまう。  たのしい時間を過ごさせてもらった。娘のような、生意気なお嬢ちゃんとの時間だ。  あれが倉重花南と過ごした最高の時だ。  だから。いまの彼女に会ってみたいとは『まだ』思わないのだ。  少しだけ気になるとしたら。  娘が結婚して妻となり母となり、成人した息子を社会に送り出し見守る中年女性となって、『不惑の(よわい)となった娘はどのようなものなのか』。そんな姿をそばで感じてみたいという気もちが少しある。  ただ、それを見てしまったら。小樽で過ごした生意気な小娘ちゃんとの時間が消えてしまいそうで怖いのだ。  臆病だと思っている。臆病な男。  亡くなった妻から抜け出すことが怖い、臆病な男。  娘と重ねた女の子との時間を、いつまでも握りしめて上塗りできない臆病な男――。  だが、時は急に動き出す。
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