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③老人がいる
小樽の雪解けが進み、海の青さが増してくる。
まだ風は冷たいが、歩く道筋には残雪の隙間から蕗の薹が顔を出し始めた。
そんな頃だった。
今日も目が疲れるなとかんじ始めた夕方前。
すっかり日が長くなり、もう夕になっても空は明るいまま。春を感じる瞬間でもある。
また少し休憩でもするために、温かいお茶を――と事務室に戻ったときだった。
「親方! 見て見て!!」
黒髪の女の子が事務室に訪ねてきたところだった。
長めのトレンチコートを羽織って、お洒落なパンツスタイルの彼女が潔へとまっしぐら、元気に駆け寄ってきた。
「一花ちゃん。今日の学校は終わったのかい」
「うん! バイトもない日だよ。それでね、さっき家に帰ったらパパも帰ってきていて、これ見せてもらったの! パパ、ついにやったの!!」
工房オーナー大澤杏里の娘、一花だった。成人を目の前にして、母親の杏里にそっくりになってきた。
セミロングの毛先が彼女の肩先でぴょんぴょん跳ねるほどに彼女は興奮していた。彼女の片手には雑誌があり、それを潔へと差し出してきた。さらにパラパラとページをめくり、あるところを開いて、さらに潔に突き出してくる。
「見て。去年の夏に、親方をモデルに撮影したパパの写真。入選したんだよ!」
「えっ!」
一花が開いたページ、そこには仕事をしている潔の姿があった。
グラインダーに向かい、グラスに切子を入れている職人の写真。
撮影者:大澤 樹 切子職人 とある。
「え、ええ!? そういえば社長が、樹さんが、『ちょっとモデルに撮らせてもらうよ』とかなんとか言って、愛用のライカでなんか撮っていたっけ」
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