④金春色の海

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④金春色の海

 一花が『あとからパパママも来る』と言っていたとおり、大澤夫妻がお二方そろってガラス工房にやってきた。 「もう、一花ったら。すぐに飛び出して行っちゃって――」 「こら、一花! パパから親方に報告したかったのに!」  弾丸のように飛び出していったとかで、活発な娘にいまもふりまわされているご様子のパパママが、息を切らして事務室に入ってきた。 「社長、見せていただきました。入選、おめでとうございます。よかったですね」  潔はまずお祝いを伝える。樹が照れくさそうに、白髪交じりの短髪頭をなでた。こちらも還暦を迎えたが、若い時から男ぶりは変わらず、いまも品の良い資産家跡取りさんの風貌のまま。しかし感情が荒れていた男盛りを過ぎて、いまはソフトな微笑みを醸し出すダンディなおじ様になっていた。 「いやあ、親方が真の職人である姿を借りただけといいますか……。あと一花がこれと選んでくれたおかげもありまして。自分の感覚って、ちょっとずれていたんだなと思い知ることにもなる受賞になりましたね」 「いえ。樹さんの写真の中に居る自分を見て、私、決意したことがありまして」 『決意?』――。樹と妻の杏里が顔を見合わせた。 「俺の写真を見て、ですか?」 「はい。樹さんの写真が、私の動かない心を動かしたんですよ」 「え? はい? どういうことなんだろう?」  自分の写真が、ましてや初めて入賞した写真が誰かの心を動かした。樹はそれが信じられない、または、そんなことあるのかと信じがたい顔つきを見せている。 「花南に会いに行こうと思います。彼女が生まれて育った町、実家のホテルがある海へ行きたくなりました」
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