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「一花ちゃん、ありがとう。この写真を選んでくれて。そして、樹さん、ありがとう……。このような私を教えてくれて……」
不安そうな顔をした一花が、パパの胸元へと頼っていく。樹社長がそんな娘を安心させるように肩を抱いて寄せた。
その隣で、誰よりも凜とした表情を整えているオーナー女史がいる。杏里は潔を見据え、毅然と告げた。
「よろしいですよ。遠藤親方。お気が済むような旅にしてください。工房はお任せください。富樫さんを親方代理にいたします」
「はい。お願いいたします」
潔がお辞儀をして顔を上げると、オーナー女史ではない、潔が知っている『奥様の杏里さん』の微笑みがそこにあった。
「やっと会いに行かれるのですね。花南さんのところに。瑠璃空が待っていますよ」
「そうですね。やっと、彼女の作品と真向かう気持ちになれました」
「まさか……。樹さんの写真がそうさせるなんて……。親方……もしかして……」
杏里には見抜かれる。潔がドキリとした。
いつか、このご夫妻が決裂しそうだった夜に杏里は自分が経営する工房に駆け込んで逃げてきた。その時、潔は厳しい叱咤をぶつけてしまった。
そしてあまり人に話したことがない自分の過去も気もちも赤裸々に語ってしまったことがある。事故で妻と胎児の娘を亡くしたことを。なぜガラスを吹いているのかということも。
かえせば、どんな状態であれ夫と妻がいて、愛しあうなり、喧嘩するなり、すれ違うなり。羨ましかったあてつけだったかもしれない。『亡き妻を永遠に愛している』だなんてつきつけて、あなたたちは現実でいくらでも素直になれば幸せになれる道があるのに不純なことで勝手に傷ついてるだけだと――。
いま思えば、不純なのは潔も一緒なのではないだろうか。
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