④金春色の海

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 いつまでも亡き妻のところから動かない臆病さが、生きることに対して不純だったのだ。それを自分の老いを目の当たりにして知った気がした。  きっと杏里も夫の写真から感じ取ったのだろう。 『この写真を見たら、遠藤親方は自分は老いたと自覚してしまうのでは』――と。  老いを感じると、老い先短さを思い知る。  このままでいいのかと悟る。  だから最後の大仕事を見出して動かざる得なくなる。 「よろしければ、私が倉重さんに連絡をして予約をしておきますよ」 「……お願いします。旅に疎くて……」 「大丈夫ですか……? お一人で」 「うん、頑張って行ってみる」  心配そうな母親を見て、また一花が出てきた。 「花南さんのホテルに行くの? だったら、私が付き添うよ。毎年行ってるんだもん。場所も行き方もわかるし!!」  元気いっぱいな娘が言いだしたことに、樹も杏里もぎょっとして慌てるようにして、飛び出す娘を捕まえて引き戻した。 「こら。一花。一人にしてあげなさい」 「そうよ。一花。親方は静かに行きたいのよ」 「えー……。でも心配……」  確かに。飛行機に乗る前に腹痛でも起きそうな不安がある……。  そんな潔だったが、決した男の心は揺るがなかったおかげか、飛行機の搭乗も、飛行中に見える景色にも、空港で買ったお弁当も、なにもかもが楽しく、そのまま山口に到着してしまった。  白浜があるリゾートホテルまでは、これまたバスに乗り換えてだったが、素晴らしい海辺の景色にひたすら歓喜し、目の保養の連続でうきうきしたまま目的地に無事に辿り着いた。  バスを下りてすぐに鼻腔をくすぐった潮の香。  そして歩き出した駐車場から見えるアクアマリン色の海!  思い出したのだ。花南がよく言っていた言葉を。
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