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いつまでも亡き妻のところから動かない臆病さが、生きることに対して不純だったのだ。それを自分の老いを目の当たりにして知った気がした。
きっと杏里も夫の写真から感じ取ったのだろう。
『この写真を見たら、遠藤親方は自分は老いたと自覚してしまうのでは』――と。
老いを感じると、老い先短さを思い知る。
このままでいいのかと悟る。
だから最後の大仕事を見出して動かざる得なくなる。
「よろしければ、私が倉重さんに連絡をして予約をしておきますよ」
「……お願いします。旅に疎くて……」
「大丈夫ですか……? お一人で」
「うん、頑張って行ってみる」
心配そうな母親を見て、また一花が出てきた。
「花南さんのホテルに行くの? だったら、私が付き添うよ。毎年行ってるんだもん。場所も行き方もわかるし!!」
元気いっぱいな娘が言いだしたことに、樹も杏里もぎょっとして慌てるようにして、飛び出す娘を捕まえて引き戻した。
「こら。一花。一人にしてあげなさい」
「そうよ。一花。親方は静かに行きたいのよ」
「えー……。でも心配……」
確かに。飛行機に乗る前に腹痛でも起きそうな不安がある……。
そんな潔だったが、決した男の心は揺るがなかったおかげか、飛行機の搭乗も、飛行中に見える景色にも、空港で買ったお弁当も、なにもかもが楽しく、そのまま山口に到着してしまった。
白浜があるリゾートホテルまでは、これまたバスに乗り換えてだったが、素晴らしい海辺の景色にひたすら歓喜し、目の保養の連続でうきうきしたまま目的地に無事に辿り着いた。
バスを下りてすぐに鼻腔をくすぐった潮の香。
そして歩き出した駐車場から見えるアクアマリン色の海!
思い出したのだ。花南がよく言っていた言葉を。
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